★未来を生きる為に★BIGTOEの「筋トレが救った癌との命がけの戦い」

健康を自負していたボディビルダーに突然降って沸いた「ステージⅣ」の癌宣告。それも効く抗がん剤がない、放射線も効かない「腺様嚢胞癌(せんようのうほうがん)」という聞いたこともない稀少癌、しかも、気管内と言う悪条件で生き残る可能性は成功しても大きな後遺症が避けられない命を賭けた大手術のみ。 そんな現実に直面して思う人生あれこれ。 2019年1月「筋トレが救った癌との命がけの戦い~腺様嚢胞癌ステージ4からの生還~」という書籍に。アマゾン、楽天ブックス、体育とスポーツ出版社のホームページなどから購入できます。

タグ:#終活

不運にもがんになってもそう悲観することではないとも私は思っています。

 

がんで突然亡くなることは希ですから、「人生で何が大切なのか?」「誰が大切な人なのか?」「どんな生き方をすればいいのか?」について考え、「残しておきたいものを残し、処分しておきたいものを処分する」、「この世でやるべきことをする」、「会っておきたい人に会う」などの時間があるからです。

 

私の場合、がんになったことで新たな多くの友に出会うことができました。ドクター、看護師さん、がん友、鴨川のサーファーなどです。思えば今までは、学生時代からの友人、仕事関係の友人、ボディビル関係の友人が主だったので新しいジャンルの友に出会えたわけです。

 

長い付き合いで寄り添ってくれる友人たち、付き合いは浅いのに親身に寄り添ってくれる友人たちもいました。手術が終わりICUから一般病棟に移るまで付き添ってくれた友には感謝です。遠い鴨川まで足しげく通ってくれた家族、友、慈愛に満ちた親族にも心から感謝です。

 

長期入院から退院した後、「残された限りある人生の時間で、生かされた時間で何をするべきか」を真剣に考えました。

 

そして、「人生において、何が大切なことなのか?」「誰が大切な人なのか?」を知ることが出来ました。

 

幸い退院から3年近く再発、転移が確認されること無く過ごすことが出来ました。その間、やっておくべきことを考え実行し、残すべきことを整理し、廃棄、処分するべきものは捨て去り、「終活」いや「断捨離」を進めることが出来ました

 

そして、何よりも生かされた人生で追加の贈り物と言える孫息子に会うことが出来たのは人生最高の幸せでした。今、世界はコロナ渦でビジネス、スポーツ、会食、飲み会、旅行、日常生活と人々の動きが制限される中でもリモートながら毎日のように聴くことができる孫息子の声は私と妻を笑顔にさせてくれ幸せな気持ちにさせてくれるのです。

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昨年11月に「腺様嚢胞癌の肺転移」が確認されました。再発、転移しやすい癌なので、再発、転移は想定内だったのですが、12月に転移巣切除手術を受けることが出来たことはさらに幸運でした。

 

今後、もし更なる再発、転移が出れば、腺様嚢胞癌の性質上、おそらく本当の人生のカウントダウンが始まるのでしょう。その時までの時間稼ぎ、人生を楽しむ時間が与えられたわけです。

 

今、私は癌治療による障害が残り不自由な体になり仕事も失いました。生きるために家も多くの物品も処分しました。しかし、優しい妻、息子、娘、孫息子、親戚、多くの友人たちと慈愛に満ちた人々に恵まれ支えられて生かされています。狭いながらも楽しい我が家に住めて、3食食べられています。好きなお酒も飲めます。これ以上の幸せがあるでしょうか。

 

今が人生で一番幸せかもしれないと思うこの頃です。

 

今年に入って私よりずっと若い女性がんサバイバー二人の訃報を受けとりました。「生きたい」という思いを最後まで持ちながら旅立ったそうです。悲しすぎます。でも、彼女たちは家族の、友人たちの心の中に永遠に生き続けるでしょう。生かされている私たちが1日でも長く生き抜くことが彼女たちへの供養になると信じて生き抜きたいと思います。

 

生かされた人生に感謝しつつ精いっぱい生き切るために好きな筋トレで免疫力アップの毎日です!!

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明日10日はこの世に私を産んでくれた愛すべき母の七回忌です。

 

あっという間の6年でした。2014年、母の逝去後、1年半後に父が母の後を追うように急逝し、その1年後の2017年に私自身が気管癌ステージⅣ、危険な手術を受けなければ余命3か月との宣告を受けました。がん切除手術以外生き延びる術がない希少癌であり、手術すら出来るぎりぎりのところと言うことから、早速、終活を始めました。

 

仕事の引継ぎ、家族への遺言、身辺整理。大切な物は引き継ぎ、不要な物は捨てる。両親の逝去、自身の余命宣告を機に長年悩まされてきた悪縁は鬼滅の刃で涙こらえて切り捨てました。たばこも吸わないのに気管癌、余命3か月、原因はストレスが大きいと聞くと当然ですよね。

 

そして、大切な家族、親戚、友人たちとのひと時に残された貴重な時間を費やしました。今思えば、大勢の仲間に囲まれ人生で一番、充実した時間だったかもしれません。

 

そんな中でボディビルの親友笠松さん、看護師ハーパーさんの紹介で出会った岸本先生、野守先生、ツォン先生という名医による難しい手術、放射線治療を受け半年間の入院。母が生きていたら一番悲しんだことは間違いありません。退院後も鴨川の病院近くのマンションに引っ越しての療養生活を経て、手術から1年後にやっと生まれ故郷に戻ってきたのです。

 

そして、生かされた命でこの世でやるべきことに取り組んできたあっという間の3年でした。

 

人として自然なことなのですが、母の死後、信心深い親友の勧めで自宅に総戒名、過去帳、仏具をそろえ、先祖供養を始めました。父の逝去、自らのがん罹患、治療を経て今日に至るまで毎日の祈りを欠かさない生活を続けています。

 

そして、母の七回忌。余命宣告を受けながらこうして生きていられるのは心優しい妻、娘、息子、孫息子、大勢の友人たちに恵まれたこと、そして天国の母が守ってくれているのでしょう。

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娘に言わせると孫息子は私とそっくりだそうなので、母が生きていたら一番喜んでくれたでしょう。

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2022年は父の七回忌です。その日も元気で幸せに迎えることが出来るように天国から私たちを見守っていてくださいね。

 

使い古された言葉ですが、母にこの言葉を送ります。

 

「産んでくれてありがとう!!人生は面白い!!僕は今、家族に、友人たちに囲まれて幸せです!!」

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