今日で命を懸けた大手術から丸4年を迎えました。バンザーイ!!バンザーイ!!
4年前の今頃は千葉県鴨川の亀田総合病院の手術室でアジの開き状態で横たわっていました。(午前9時~午後5時半)
2017年7月、ちょっとした喉の違和感が長引いていたため娘の強い勧めもあり訪れた所沢の防衛医科大学病院で「ステージⅣの気管腺様嚢胞癌。大きさは10cm。効く抗がん剤もなく、放射線も効果が期待できない。生き残る可能性は外科手術で癌の出来ている気管、喉頭部を切除することだけ。5年後の生存率40%未満」と告知され、「もし、手術をしなければどうなります?」と質問すると「おそらく3~4か月で気管が癌で塞がれ窒息死するでしょう。」との答え。鍛えた体にメスを入れないと決めていた私も流石に焦り、セカンドオピニオンで病院を渡り歩いた末に、親友笠松博次さんの紹介により亀田総合病院で手術を受けたのです。
気管と甲状腺、声帯を含む喉頭部全摘という成功しても気管孔での呼吸になり、声を失い、一生ホルモン剤を服用しなければならない。気管孔を作るために両鎖骨、第一、第二肋骨を切除、気管孔の補強のために大胸筋を使うため大きな障害が一生残る。術中および合併症で亡くなる可能性20%をも示唆された手術でしたが、生きる為に受けることを決めたのです。
そして、妻、娘、息子、友に見送られ心の中で「これがこの世の最後の見納めかもしれないな。さよなら。」と言いながら車いすで手術室に入りました。
「今から麻酔かけますから少し頑張ってね。」という医師の声とともに意識が無くなりました。
8時間半にわたる手術は無事成功!!
そして、半年に及ぶ入院生活と退院後の鴨川でのさらに半年の療養生活を経て、生まれ故郷の関西に帰ってきたのです。
瞬く間に3年という歳月が経過しました。その間、昨年12月に癌の肺転移が見つかり切除手術も受けましたが無事回復し今もこうして生きています。
すべて、家族、友人たち、先生方、看護師さんたち、掃除のおばさんなど多くの方の助けがあってのこと。
今、ここに4年目を迎え、改めて関わってくださった皆様に心より感謝致します。
先月、ヨットでの単独太平洋横断ならぬ往復を成し遂げて帰還された辛坊治郎さんが「人間の生き死に以上に大事なことはそうないね。」「ニュース関係の仕事長いんだよ。でも、ほとんどのニュースは人生に影響はないね。誰が総理大臣になろうが、関係ねえだろ、んなこと!人間生きているうちが華です。」と語られたとか。
太平洋ひとりぼっち、大自然の圧倒的な力の中で「死」を身近に感じたからこそ言える言葉かと思います。
人間、必ずいつか死にます。死んだら終わりです。生きているうちが華です。身の回りに起きるほとんどのことは取るに足らない小さなこと。思い悩むことはやめましょう。
私の2000年から20年に渡って続けてきたホームページ「BIGTOEの筋肉物語」
の冒頭の言葉
Life is too short to worry about
anything.
Enjoy life !! Enjoy workout!! Fall
in love!!
Because the next day promises
nothing.
人生はつまらないことに心を煩わすには短すぎます。
誰も明日は約束されていないのです。
つまらないこと、煩わしい人とは距離を取り、妻、娘、息子、孫たち、心で繋がった友人たちと人生を1日1日積み重ねるようにしてお迎えが来る日まで生き抜きたいと思います。
9月を迎え、夜が明けるのが急に遅くなってきました。今朝も曇り空の下、近所の公園で体力アップ、免疫力アップ目的の筋トレです。
「いつまでこうして筋トレ出来るかな」とベンチで考えながら・・・。
次の目標は、1年後の「5年後の生存率40%未満」の40%未満に入ることです。
※右の大胸筋が無いのが良く分かりますね。しかし、筋トレは素晴らしい!!66歳、ステージⅣの癌患者に見えますか?