★未来を生きる為に★BIGTOEの「筋トレが救った癌との命がけの戦い」

健康を自負していたボディビルダーに突然降って沸いた「ステージⅣ」の癌宣告。それも効く抗がん剤がない、放射線も効かない「腺様嚢胞癌(せんようのうほうがん)」という聞いたこともない稀少癌、しかも、気管内と言う悪条件で生き残る可能性は成功しても大きな後遺症が避けられない命を賭けた大手術のみ。 そんな現実に直面して思う人生あれこれ。 2019年1月「筋トレが救った癌との命がけの戦い~腺様嚢胞癌ステージ4からの生還~」という書籍に。アマゾン、楽天ブックス、体育とスポーツ出版社のホームページなどから購入できます。

タグ:#希少癌

筋トレががんと戦う力になる!?「なぬ?」と思われる人も多いでしょう。

 

筋トレでがんにならないわけでもありませんし、筋トレでがんが治るわけでもありません。経験上、筋トレを正しくしたことで功を奏した、功を奏すると思われることは・・・

 

○大きな手術、治療からの体力の回復が早まる

○リハビリを効果的に進める助けになる

○抗がん剤治療、放射線治療で起きる副作用の軽減の可能性が期待できる

 

などです。産業医科大学の佐藤典宏先生によると、医学的に見てもその効果にはエビデンスがあり期待できるそうです。

 

※筋トレで「がんの死亡率」が30%低下(がん情報チャンネル)

 

ところが、実際にどんな筋トレをどのように、どの程度やればいいのかは、筋トレをしたことがない医師にもわからないし、ましてや筋トレなどしたことがないという一般の患者さんに分かろうはずはありません。

 

私は、20歳から筋トレを本格的に始めました。きっかけは子供のころから胃腸が弱くアトピー持ちのやせっぽちなのを何とか克服したいとの思いでした。高校時代にたまたま仲良くなった倉敷青陵高校の同級生の大森研一君が高校時代からすでに筋トレを実践しており、彼の自宅に行けば本棚には「月刊ボディビルディング」がずらりと並び、自宅の庭には当時珍しかったベンチプレス用ベンチ、スクワットスタンド、バーベル、鉄アレイが備えられていたのです。そして、何よりも彼は運動クラブに所属していないもかかわらず、体育祭になれば800m走と言うほぼ全速力に近いスピードで走り切らねばならないキツイ種目に出てきて運動部所属の選手を尻目にぶっちぎりで勝つし、大学時代に一緒にプールに行けば筋肉隆々の巨体でバタフライを泳ぎ切る男でした。彼の影響でナニワボディビルクラブの門をたたくことになったのです。

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(30代の頃の背中)

そして、筋トレを始めると、弱かった胃腸は強くなり、悩まされていたアトピーも改善。5年後にはミスター大阪に出場するようになっていました。

 

その後、現在、「月刊ボディビルディング」で連載中の記事「ONCE UPON A TIME in BODYBUILDING U.S.A.」で紹介しているようにアメリカ留学。ミスター関西、ミスター大阪、ミスター岡山にその足跡を残すことが出来ました。

 

考えもしなかったことですが、その経験が還暦を超えて罹患した「腺様嚢胞癌」という治療方法が確立されていない希少癌と戦う武器となっているのです。気管の大部分、喉頭部全部、両鎖骨、第一第二肋骨、胸骨、そして筋肉を切除する命がけの手術に耐え、回復出来たのも、筋肉があったからに他ならないと私は思っています。

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(※65歳 がん罹患後3年半の背中)
 

私のように日常生活の中で「筋トレ」が習慣になっていれば、その経験と知識で病と戦う武器に出来るのでしょうが、そうでない人が圧倒的に多いと思います。

 

また、若いインストラクター、大病の経験がないインストラクターでは、知識として理解は出来ても患者特有の体調の不調を感じることは出来ないでしょう。がん患者などではうっかり運動すると健康体の人には感じられない特有の痺れるような倦怠感、だるさ、苦しさ、そして不安に襲われることがあるのです。

 

ここでは、元ボディビルダー、筋トレ指導者、大手術経験者、がんサバイバーとして、「筋トレをする際に注意すべきこと」がんサバイバーで障害がある体の私が実際に行っている筋トレ「どのようなやり方で筋トレをし、どれくらいのボリューム、頻度でやればいいのか」についてお話ししたいと思います。

 

・・・続く・・・

◎この病気は医者には治せない。ならば自分で何とかするしかない。(I氏)

◎治療法がないなら時間を稼ぎ、運動と食事で免疫力を高めよう。(BIGTOE

◎俺たちは決して「完解」を諦めない。

これは、個人の見解、自分自身が今後どのように癌に対峙するかの指針をまとめるものです。

 

《希少な気管腺様嚢胞癌》

「腺様嚢胞癌」自体数十万人に一人と言う「希少癌」なのですが、発症部位が気管である「気管腺様嚢胞癌」となるとさらに希少で、私が癌宣告を受けて以来3年半が経過しましたが、出会った「気管腺様嚢胞癌患者」は、私を含めて6人と極めて少数派になります。そして、二人が天に召されました。

 

《腺様嚢胞癌の治療の現状》有効な治療法、有効な薬が確立されていない

動物であれば希少な絶滅危惧種は保護されるのですが、希少癌患者は患者数が少ないゆえ、症例が少ないゆえ、経済的見返りも見込めないから経済至上主義の世の中ではあまり研究がされない。よって有効な治療法、有効な薬が確立されていないというのが現状なのです。新型コロナのように患者が世界中にいれば、競って治療薬開発が進み完解する人も増えるのでしょうが・・・。

 

《行われている治療法は様々》

そのような状況ですから、病気の進行度、発症部位、転移の有無、受診した病院、出会った医師など様々な条件により外科手術、放射線、陽子線、重粒子線、肺がんなどの他のがんの抗がん剤、分子標的薬などの化学療法でのトライ等、同じ「腺様嚢胞癌」であってもその治療法は様々で異なっています。

 

《私の場合》

私のように気管のほとんどと喉頭部とリンパ節、骨、筋肉などその周辺組織を切除しての胸の気管孔制作した患者さんはさらに希。こうしてブログで発信をしていても、同じ状況の患者さんに出会ったり、連絡をいただいたことは未だにありません。

 

20179月の外科手術、断端部への放射線治療後、約3年生かされていますが、202011月の造影CTで遂にACC肺転移が見つかりました。しかし、幸運にも多発転移ではなかったために12月に転移巣摘出のための開胸手術を受けることが出来ました。とりあえず画像で確認された転移巣は切除されファイナルカウントダウンは先延ばしになりました。

 

《腺様嚢胞癌にどう対峙するかを語り合う》

先日、私以外で唯一の男性サバイバーI氏と、私たちの罹患した「腺様嚢胞癌」とどう対峙していくのがいいかについてオンラインで男同士話し合いました。

 

I氏は、すでに転移も確認されているため、「外科手術」と言う現状では一番とされる治療法の対象外となり、「西洋医学での確立された治療法がないという現実」を受け止め、「無治療」を選択。仕事を続けながら「免疫力の向上をめざすなどあらゆる可能性」を求め東洋医学に取り組んでいます。

 

私は、出会った医師が外科手術の名医だったため、病巣の範囲が広く手術出来るギリギリの状況で恐らく癌は取り切れないと言われながらも、癌とその周辺組織を切除する外科手術とその後局所再発防止目的の放射線治療を受けました。そして、昨年末の肺転移発覚からの肺転移巣切除手術です。今後、さらなる転移巣が出現する可能性は高いと言われていますがとりあえず延命出来たという状況です。

 

私の主治医の見解は、「腺様嚢胞癌は手術が可能ならまず切除、局所再発防止目的で断端部への放射線。その後、遠隔転移の可能性は続くがこれは防ぐことが出来ない。現状では効果が確認された抗がん剤はない。手術をしなければ、腫瘍が気管を塞いで3~4か月で呼吸困難になり死に至るだろう。」とのことから、時間稼ぎ、延命処置かもしれませんが、「再発、転移は無いかもしれないとの可能性もゼロではない」という願い、「将来、有効な治療薬が見つかるかもしれない」との希望から、見えている癌を取る手術を選択したのです。

 

加えて、「腺様嚢胞癌は、切除後5年、10年と経過しても再発、転移の可能性が高い」ともおっしゃっていました。現状では「腺様嚢胞癌」で完解したという人はどこかにおられるのかもしれませんが、私は出会ったことがないのです。

 

それでも、状況は異なりますが、I氏も私も「完解」が目標であることには変わり有りません

 

≪続く・・・≫

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腺様嚢胞癌罹患に思う・・・3年3か月の総括

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2017年に気管腺様嚢胞癌ステージⅣ告知、同年912日の千葉県鴨川の亀田総合病院で頭頸部外科、岸本誠司先生、呼吸器外科、野守裕明先生による癌切除手術。その後、断端部への放射線治療を受け、今年の9月で丸3年が経過しました。しかし、周辺組織に深く浸潤し、手術で完全切除しても再発、転移しやすい癌であることは聞いていたので覚悟はしていたものの、「大丈夫じゃないか」と思った矢先の11月の肺転移発覚。幸い、多発転移でないため切除手術は可能とのことなので「出た芽は摘む」という考えで16日に手術を受けます。

 

主治医の見解は、「一度出るということは、体のどこかに隠れているということなので、今後も次々と転移巣が現れるだろう」とのこと。しか~し、TEAM ACCの仲間にも同様に肺転移巣を切除して以降、何年も再発していない例も希ですがあります。100%再発するわけではないのです。目標は「完解」であることに変わりはありません。

 

これまでの3年あまりで自身が感じた「腺様嚢胞癌」との付き合い方について感じたことをまとめてみました。

 

「がん」と一口に言っても、がん種、罹患場所、進行度合、医師、病院、地域など様々な条件によって、治療法も様々です。

 

私は、「腺様嚢胞癌」なので「腺様嚢胞癌」について話しますが、「腺様嚢胞癌」が同じ部位に発症していても進行度合、ちょっとした場所の違い、その人の体質、体力、お世話になる医師によって治療法は変わってきます。切って治療による「障害が残ってでも「完解」を目指すのか、切らずに、QOLを第一に考えて少しでもいい状態で長く生きることを目指すのかによっても変わってきます。

 

さらに絞って、私と同じ「気管の腺様嚢胞癌」に絞ってみます。「腺様嚢胞癌」と言うだけでも「希少癌」なのですが、「気管の腺様嚢胞癌(気管癌)」となるとさらに少数派となります。恐らく数十万人に一人くらいの発症率です。

 

がんの3大治療法と言えば局所療法である「外科手術」、「放射線治療」、全身療法である「抗がん剤」なのですが、「希少癌」ということは、絶対的患者数が少なく経済的見返りが期待できない為、「腺様嚢胞癌」では治療法の研究があまりされず、外科手術以外に有効な治療法がないのが現状です。

 

私に施術した医師によれば、「切除可能であればまず切除。断端部に癌が残るため再発防止目的で放射線。癌の塊には効果は期待できない。腺様嚢胞癌は周辺組織に深く浸潤するため何年経過しても再発、転移の可能性があり、それらは防げない。」とのことでした。

 

ほかのがんであれば、「多発転移」した場合は「抗がん剤治療」と言うことになるのですが、「腺様嚢胞癌」には効果が確認された抗がん剤はありませんから、再発、転移した場合、八方塞がりになります。

 

今回、私も例にもれず肺転移が見つかったわけですが、切除可能とのことから切除しようと思います。その後、他の部位に転移巣が出なければ幸い。

 

出れば出たとこ勝負です。出ても居ないのに考えないようにします。

 

私なりに纏めれば、「腺様嚢胞癌」なら

1. 手術で切除可能なら「手術」。手術困難または手術を望まないなら「陽子線」で「完解」を目指す!!

2. 局所再発を防ぐために断端部に放射線治療をして「完解」を目指す!!

3. 転移した場合、単発の局所転移なら手術で切除か凍結療法で「完解」を目指す!!

4. さらに再発、多発転移したなら・・・

効果の可能性を求めての抗がん剤、分子標的薬、オプジーボ、遺伝子療法などへの挑戦。

もしくは、副作用を伴う化学療法を回避して自身の免疫力、「自然完解」を期待しつつ、漢方薬、サプリメント、食事療法、運動療法などをしながらの無治療の選択。

 

になるのでしょう。

 

いずれにしても、好きな人に会い、やりたいことをし、楽しいこと、気持ちのいいことをして、悔いを残さないように人生を生き切る!!

 

その足かせとなっているのが、新型コロナウイルス感染拡大。会いたい人にも会えないし、やりたいことも出来ない。2021年には収束することを願うばかりです。

 

とにもかくにも最後に苦しむ、痛い思いをするのだけは避けたいというのは本音です。

 

現段階では3に位置するわけですが、目標はあくまでも「完解」です!!

 

2024年の「筋肉オフ会リターンズ」、「大阪万博」、「孫息子の小学校入学」、70歳が目標になります。

 

しかし、2024年までたったの1000日余り。70歳までわずか1600日と少し・・・。すぐじゃん!!

 

どうせなら、100まで生きよう!!それでもたったの12600日。すぐじゃん!!

 

現実を受け入れ出来るトレーニング(筋トレ)を続けながら人生を楽しみたいと思います!!

明日10日はこの世に私を産んでくれた愛すべき母の七回忌です。

 

あっという間の6年でした。2014年、母の逝去後、1年半後に父が母の後を追うように急逝し、その1年後の2017年に私自身が気管癌ステージⅣ、危険な手術を受けなければ余命3か月との宣告を受けました。がん切除手術以外生き延びる術がない希少癌であり、手術すら出来るぎりぎりのところと言うことから、早速、終活を始めました。

 

仕事の引継ぎ、家族への遺言、身辺整理。大切な物は引き継ぎ、不要な物は捨てる。両親の逝去、自身の余命宣告を機に長年悩まされてきた悪縁は鬼滅の刃で涙こらえて切り捨てました。たばこも吸わないのに気管癌、余命3か月、原因はストレスが大きいと聞くと当然ですよね。

 

そして、大切な家族、親戚、友人たちとのひと時に残された貴重な時間を費やしました。今思えば、大勢の仲間に囲まれ人生で一番、充実した時間だったかもしれません。

 

そんな中でボディビルの親友笠松さん、看護師ハーパーさんの紹介で出会った岸本先生、野守先生、ツォン先生という名医による難しい手術、放射線治療を受け半年間の入院。母が生きていたら一番悲しんだことは間違いありません。退院後も鴨川の病院近くのマンションに引っ越しての療養生活を経て、手術から1年後にやっと生まれ故郷に戻ってきたのです。

 

そして、生かされた命でこの世でやるべきことに取り組んできたあっという間の3年でした。

 

人として自然なことなのですが、母の死後、信心深い親友の勧めで自宅に総戒名、過去帳、仏具をそろえ、先祖供養を始めました。父の逝去、自らのがん罹患、治療を経て今日に至るまで毎日の祈りを欠かさない生活を続けています。

 

そして、母の七回忌。余命宣告を受けながらこうして生きていられるのは心優しい妻、娘、息子、孫息子、大勢の友人たちに恵まれたこと、そして天国の母が守ってくれているのでしょう。

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娘に言わせると孫息子は私とそっくりだそうなので、母が生きていたら一番喜んでくれたでしょう。

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2022年は父の七回忌です。その日も元気で幸せに迎えることが出来るように天国から私たちを見守っていてくださいね。

 

使い古された言葉ですが、母にこの言葉を送ります。

 

「産んでくれてありがとう!!人生は面白い!!僕は今、家族に、友人たちに囲まれて幸せです!!」

今朝の朝日新聞の「声」への親友か~ささんの投稿です。

 Kasasan20200808001朝日新聞・声の記事

私が亀田総合病院に入院し、手術、放射線治療を受けていた一番苦しかった頃に私のブログを読んで連絡をくれたのがか~ささんでした。

 

彼女も私と同じ「腺様嚢胞癌」という希少癌が「気管」に発症し、治療を受けていました。癌を宣告されて手術を受けてからもうすぐ3年を迎えますが、腺様嚢胞癌が気管に出来た方には5名しか出っていません。

 

「気管腺様嚢胞癌」・・・希少中の希少ということです。

 

それぞれの治療法も様々で、気管壁に浸潤した癌だけを切除することは出来ない為、気管内に出現した部分だけを削り気道確保のためにステントを挿入、残った癌は放射線で焼くという治療を受けた方2名、癌に侵された気管の一部を切除して喉に気管孔を制作する治療を受けた方1名、陽子線治療後経過観察の方1名、無治療を選択された方1名。そして、私は喉から気管支分岐部手前まで10cmの癌があったために胸の骨(鎖骨、胸骨、肋骨)大胸筋、気管、声帯、甲状腺を含む喉頭部切除して胸に気管孔を制作する手術」、その後、断端部に放射線治療を受けました。

同じ癌が同じ気管に出来ていてもその進行度、場所などの様々な条件により治療法も異なるのです。

 

か~ささんと私は同じ気管でしたが、か~ささんは気管支にまたがっていたために私のような手術が出来ませんでした。

それぞれ異なった病院で異なった治療を受け経過観察中だったのですが、私以外の方は全員転移しています。転移、再発率は70%と高いうえ、5年、10年経過してもその可能性が残るので、私にとっても他人ごとではないのです。

 

この癌のもうひとつの大きな問題は、放射線の効果が低く、効果が実証された抗がん剤がないということです。再発、転移すれば、治療法がないのが現実なのです。希少癌は患者数が少ないゆえに開発に高額なお金と長い時間をかけても回収が出来ないために、新薬開発、新しい治療法の開発がされません。海外で効果があるとされた薬を日本で使用するための治験さえ困難を極めます。

 

だからと言って、何しないで死を待つことはしたくないという患者の思いを背負って「TEAM ACC ONE HEART PROJECT」が動き出しました。

 OneHeartProject2020

「希少癌患者」の「生きたいという思い」を一人でも多くの医療従事者に、製薬会社の方々に伝えるために。

 

困難極まりない道なき道ですが「声」を上げ続けます!!

 Kasasan20200521002

―か~ささんの「声」―

「腺様嚢胞がん」という希少がんに罹患している。部位も極めてまれな気管支だ。標準的な治療法が未確立で、肺がんのガイドラインに沿い治療をしてきたが効果は続かず、病状は進行中だ。今は無治療で不安な毎日を過ごしている。

「患者申し出療養制度」という国の制度があると患者仲間から教えてもらった。未承認薬などをいち早く使いたい場合などに活用できる制度だが、調べてみるとどうやら簡単なことではなく、あまり機能していないとも聞いた。いったい誰のための制度なのか。  

希少がんは薬の研究すらされず、生きることを諦めなくてはいけないのか。海外で効果があると報告された薬を日本でも使えるようにできないのか。効果が期待できる薬があるならば、試したい。患者の切実な思いを製薬会社の人と医療者に知っていただきたい。

まだもう少し家族と共に生きていきたいし、家族もそう願ってくれている。今は娘の中学卒業を生きる目標にしたい。何かできることはないかと模索している。

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