2014年11月母が亡くなり、2016年6月父が亡くなりました。

私と違って無口で生真面目で仕事一途な父は大分県臼杵市の旧家の次男坊で、母は神戸で廻船業を営む旧家の娘で礼節を重んじるしっかりものでした。好きな人生を歩んできた私にとっては尊敬すべき両親でした。

そんな我が家は典型的な昭和30年代戦後の高度成長期の核家族で、家に仏壇もなく、信仰と言えば、母が何やら棚に立てかけた総戒名のようなものに手を合わせ、ご飯を供えていたことくらいしか覚えていません。そのためか私は無信仰で、アメリカ留学中にはユタ州プロボのモルモンの教会に通い、日本では冠婚葬祭のときは仏教徒に変身、結婚式はグアムのアガニア大聖堂でキリスト教結婚式を挙げました。

そんな私も、母の逝去をきっかけに父とふたりで仏具を購入、手を合わせてお経を読む父の後姿を見、その父の逝去のあとには、自ら東京でささやかではありますが、仏具をそろえ、朝夕手を合わせるようになりました。
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実際のお骨は、神戸の善光寺さんに納骨されているため、関西に行くおりには必ず訪れ手を合わせるこの頃です。
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5年前、両親から「おまえの子供、内孫は娘なので、いずれお嫁に行く。そうなるとお嫁に行った孫がお墓の世話をしなければならない。だから、永代供養にしようと思うがどうか?」との相談を受け、両親と私の3人で見学に行きお世話になることを決めたのでした。

その後、数年で両親が他界。墓標の名盤の文字が赤から白に変わりました。

それをきっかけに先祖供養も始めました。若いころにナニワトレーニングセンターの伊集院先生に「吉賀君、先祖供養はせなあかんで!!」と何度か言われた記憶があるのですが、その時はピンと来ず、還暦を過ぎ、両親が他界して初めてその意味が分かりかけてきた気がします。5時に起きてご先祖様、両親に手を合わせる毎日の習慣。今までになかったことです。

父の母、祖母おすみばあちゃんが臨終のときに私に言った「真っ当に生きなつまらんぞ。」という言葉が今も脳裏を横切ります。

お父ちゃん、お母ちゃん、まだ、そっちに行くには早やすぎるやろ!!俺は今までお婆ちゃんの言葉に恥じない「真っ当な生き方」をしてきたという自負はあるけど、まだまだ生きて今まで積み上げてきたことを生かして人様の役に立つことをせなあかんのんや!!恩返しをせなあかんのんや!!まだ、死にたないんや!!
まだまだ、未来を生きてやることがいっぱいあるんや!!声がなくなっても、息を胸の気管孔ですることになってもや!!
出来ることは、まだまだいっぱいあるんや!!

手術の日まであと18日・・・。