BIG TOEの「未来を生きるために!!」

健康を自負していたボディビルダーに突然降って沸いた「ステージ4」の癌宣告。それも効く抗がん剤もない、放射線も効かない稀少癌、しかも、気管内と言う悪条件で生き残る可能性は成功しても大きな後遺症が避けられない命を賭けた大手術のみ。 そんな現実に直面して思う人生あれこれ。家族のこと、友達のこと、仕事のこと、趣味のこと、生きる意味、人の優しさ、真っ当な生き方について語ります。

2017年12月

いよいよ私と家族にとって波乱万丈の1年だった2017年の最後の日となりました。

年始には思いもしなかった人生の展開に翻弄された年でした。

「まさか?」「なぜ?」「どうすればいいの?」病院を渡り歩き、ネットで本で勉強し、知り合いの伝手を頼って、手術以外の治療法を求め歩きました。そして、二人のスーパードクターに出合い、大手術に挑みました。人生どん底でした。

そんな中でも愛する家族、友人に恵まれ、愛されいることを実感した年でもありました。

そして今、一進一退の戦い半ばで新しい年を迎えようとしています。

今日も手術部組織の硬化、骨の切除による神経圧迫によると思われる両腕の痺れに悩まされました。

間もなくそのどん底の年が去り、新しい年が来ます。来るべき2018年は愛する家族、友人に囲まれで良いことばかりと信じています。

今週から呼吸器の調子を見て、自重筋トレを再び始めています。
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今日、大晦日は、病院は正月で空き部屋が増え静まり返っています。そんな中で今年最後のリハビリをやりました。自ら申し出て、リハビリ室にあるマシンでの筋トレをやりました。
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鎖骨、胸骨、肋骨4本が切除され、右大胸筋は骨から外され、左大胸筋に縫い付けられていると聞きます。胸鎖関節が無いという状態であるため、胸鎖乳突筋は大胸筋に繋がれているようです。

こんな状況で、チェストプレス、ショルダープレス、ラットプルダウンに挑戦してみました。大きな負荷はかけられませんが、想像していたより出来そうです。新年に繋がるリハビリとなりました!!
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すぐそこまで来ている2018年・・・

生かされていることに感謝しながら、「生まれ変わった体で奇跡を起こします!ボロボロになっても生きてやります!!」

皆さん、2018年も宜しくお願いいたします。

新年が皆様にとっても良い年でありますように!!

外科手術を受けたことがない方のために痛みと麻酔についてお話しましょう。

手術をうけることになったら、まず思うのが痛みについてですよね。当然、手術中は全身麻酔がかけられているわけで痛みは感じません。骨をも切除する大きな手術なので「麻酔から覚めたときにどんな痛みが襲ってくるのか。」私もそれを心配していました。
「実際はどうなのか?」をまとめてみました。

(手術時の麻酔)
手術では、寝台のうえに横向きに背中を丸めて寝かされ「さあ、少しだけ頑張りましょうね。」という麻酔専門医の声とともに、背骨の中を走っている脊髄という太い神経のまわりに局所麻酔薬チューブを入れて手術部位の痛みをとる硬膜外麻酔が施されます。そして、酸素のマスクを顔にあてる(ここで意識は飛んでしまいます。)、点滴から麻酔薬を入れる全身麻酔が行われ間もなく意識がなくなります。あっという間です。
当然のことながら、手術中は、意識がないので痛みは感じません。

(術後の痛み 意識が戻ったときどんな痛みが襲ってくるのか・・・)
手術が終われば、ICUで目覚めます。呼びかけられて目を開けると、周囲に妻、娘、家族、看護師さんの顔が見えます。
痛みについては、私自身が恐れていたのは、「術後、麻酔が切れたときにどんな痛みが襲ってくるのだろう」ということでしたが、術後の痛みについても、今は患者自身がボタンを押して鎮痛薬の注入量をふやすことができる硬膜下麻酔を始め、鼻から入れられたチューブから、点滴から痛み止めが注入されており心配したほどではありませんでした。(個人差はあるとは思います。)

そして、気付くのが鼻からおちんちんに至るまで、体のあちこちがチューブに繋がれ身動きがとれないことです。最も悩まされた痛み。それは身動きがとれない、じっと同じ姿勢で寝ていることからくる背中、腰、尻の痛みでした。
元気な時には、「1日中寝ていたい。」と思ったりしたものですが、寝ていること、しかも、体は縫い合わされ、チューブで身動きがとれない状態でじっと寝ていることがどれだけ苦しいか。生まれて初めて知りました。これだけは、薬ではどうしょうもないのでしょうか。


チューブに繋がれている間、背中痛、腰痛、尻痛に悩まされることになります。
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実際、想像していた手術の傷の痛みは前述の痛み止めにより、かなり緩和されるのですが、じっと寝ていることによる背中痛、腰痛、尻痛には閉口しました。ナースコールを押すたびに体の位置を変えてくれる看護師さんに感謝です。
このことについては、体の大きなヘビー級のプロレスラー、ボディビルダー、お相撲さんは、自身も介護する人も大変だと思います。体がでかい、重いことによるハンデを知る瞬間です。

HCUを経て一般病棟に移ってからは、意識がない間におちんちんに入れられた排尿用のチューブが抜かれ、硬膜外麻酔のチューブが抜かれ、水、食事がとれるようになれば鼻から喉、胃袋へ入れられていた投薬用、水分、栄養補給用のチューブが抜かれます。そして、最も鬱陶しい廃液用のドレンチューブが抜かれます。ここまで来れば、後残っているのは、点滴用のチューブくらいでしょう。体の動きはかなり自由に動かせるようになり動けない苦痛、痛みからようやく開放されことになります。

あと2日少しで新しい年2018年を迎えます。

思い返せば、昨年の今頃は例年のごとく、本社で営業会議に出て、大掃除、忘年会を当たり前のようにこなし、これから先もずっと続くものと思っていました。

まさか、その数ヶ月後に「ステージ4の癌宣告」を受け、セカンドオピニオン、サードオピニオンと病院をまわり。

「このまま手術をしなければ余命3ヶ月」宣告により命をかけた大手術を受けるとは思いもしませんでした。診断を受けるまで、自覚症状などはありませんでした。

国民の二人に一人が癌にかかり、三人に一人が癌で死ぬ時代です。今、元気なあなたも人事ではないということなのです。
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約4ヵ月前、私は手術で気管切開、気管孔設置、喉頭部、甲状腺全摘出をいう手術を受け、命と引き換えに声、鼻・口からの呼吸機能を失いました。

先日、主治医ドクターNと話す機会があったのですが・・・、
「この手術が出来るのは、外科医が100人居たら一人くらいしかいません。絵に描いたように上手くいきましたが、この私でさえ、吉賀さんで3人目です。うまくいって良かった。ですからどこの病院ででも受け入れられるものではありません。退院後、関西に帰りたいとの希望のようですが、帰るのは、2~3日ならいいですが、それ以上はお勧めしません。退院後3ヶ月は近くに居てください。放射線の影響もあり何が起こるかわかりませんし、前に経験したように命に関わることですから。」

改めて、えらい手術をしたんだなあと再認識しました。

生きるために通常ない呼吸器を人の手で作るのですから当然といえば、当然ですが、笠松さんが言っておられたように「鼻が胸についたと思えばいいじゃないですか!」とは簡単に行かないようです。
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手術から4ヶ月が経過しました。入院は4ヶ月とは聞いていたので「年内は入院やなあ」とは思っていたものの、年末年始は病院で過ごし、実際の退院はもっと先になりそう。それどころか退院後も最低3ヶ月は病院の近くで住むことになりそうです。

現実は、テレビドラマ「ドクターX」のように「私、失敗しないので。」とスーパードクター大門未知子の手により手術は成功して、次のシーンでは社会復帰しているという風に簡単にはいかないのですね。単独の臓器の病変の切除ではそうなのかもしれませんが、私のような前例の少ない手術では、術後の回復のほうがもっともっと大変なのです。ある意味、ドクターも試行錯誤ですから。

術後、4ヶ月が経過した今も入院生活をしています。そして、今でさえ「この手術をするという選択は正しかったのだろうか?」と自問自答することがあるのです。

6月末に気管癌という診断を受け、セカンドオピニオン、サードオピニオンと病院を渡り歩き、二人のスーパードクターに出会います。自覚症状はないものの、CT検査によると「気管の3分の2が長さ10cmの癌で塞がっており、このまま放置しておけは3ヶ月くらいで窒息するだろう、手術をするにしても今がぎりぎりのタイミングでこれ以上進行すると手術も出来ない。」とのことでした。当然、手術によって、声を失うこと、口、鼻は飾りとなり、胸に開けた気管孔という穴で呼吸をするようになり、激しい運動や息むことが出来なくなることなどの説明を受けました。

3ヵ月後に窒息死するか、手術を受けて重篤な後遺症は残るが生きるかの選択、まさに「生きるか死ぬか」の選択でした。

当然、手術以外の治療法がないものか、あたり歩きました。しかし、私の患らっている「線様嚢胞癌」は効く抗がん剤がない、しかも、出来ているところが気管内でCT画像ではすでに気管壁に浸潤し、気管の軟骨部を破壊してしまっている状況であるため、線様嚢胞癌に有効と思われる「重粒子線」も使えなかったのです。つまり、癌をやっつけるのに有効な免疫療法、遺伝子療法があったとしても気管壁自体が破壊されてしまっているために気管に穴があいてしまうということから外科的手術以外に生き延びる道はなかったのです。

それらのプロセスを経て亀田総合病院で二人のスーパードクターに命をゆだねることを決意したのです。
「障害が残ろうとも生まれ変わった体で奇跡を起こそう!!」と。

そして、今日に至るわけですが、今でも、一進一退、一難去ってまた一難という現実に直面して「この手術をするという選択は本当に正しかったのだろうか?」と自問自答することになるのです。
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でも、今、私は家族、親戚、大勢の友人の応援とたくさんの愛に支えられて生きています!!

そして、未だに手術以外の有効な選択肢を見つけられずにいます。

もし、手術を選ばなかったら「いつ気管が詰まって窒息死するのだろう。」という恐怖に怯えながらその日を迎えるのでしょう。もう、死んでいたかもしれません。
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今、私は家族、親戚、大勢の友人の愛に支えられて心豊かな人生を生きています!!

日々、感謝を感じ、ありがとうという言葉を出さない日はありません。

これからも未来に向かって出来ることをして生きたいと思います。

2018年はきっと良い年になると信じて!!
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放射線治療が終われば楽になると思ってましたが大きな間違いでした。

治療が終わった22日深夜から微熱が続き、明け方には37.8度に達しました。熱を普段からよく出す人ならどうってことないのでしょうが、20年間熱を出したことがなくて、大手術でも平熱、また平熱が36度と低い自分にとっては一大事でした。
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放射線による胸と背中の皮膚の火傷、食道炎、喉の痛みは終わってからも酷くなっている気がします。寝ても起きても首、胸カチカチ、喉ヒリヒリ。

ドクターNが来られたので「背中が痒いのでかくと皮がずるっと剥けました。」と言って見せると「そんなの問題ありません。」と言って出て行かれました。私にとっては、胸ではなく裏側の背中だったので結構ビックリだったのですが、放射線ってそんなものなんですねえ。恐ろしい!!

2017年最後の週は、体調最悪につき2日間連続でリハビリキャンセルしてもらいました。22日の最終治療が終わって以来、気管壁が火傷状にただれているためか座って息をするのも苦しいし、胸、首、背中も痛い。体を動かす気にはとてもなれない。25日は人生最悪のクリスマスでした。病室から一歩も出ず、ベッドとソファの間を行ったり来たり引きこもっていました(笑)。
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(※最悪のクリスマスでの病院のはからい!?可愛いケーキが付いていました!!)


組織の硬化による痛みが強いので、今日から新しいお薬が処方されたのですが、説明を聞くとモルフィネの一種らしいです。ドクターと薬剤師の説明によると常習性はなくロキソニン等より安全といいますが、名前でビビッてしまいますよね。
(※放射線治療を受けようという方は、しっかりとドクターに疑問点は聞いて納得済みで受けてくださいね。現代医学でその効果が認められる数少ない治療法であることは間違いないと思いますが、副作用も大きいことを肝に銘じるべきと思います。私の場合、手術で切って縫った組織に放射線を照射しているので余計に組織の硬化が大きいことも付け加えておきます。)

そして気がつけば、今年もあと4日!!年末年始は病院でと覚悟は決めているのですが、ドクターNの話では、「気管支鏡検査の結果、炎症がまだ強く、今、退院するのは危険なのでゆっくりしてください。年末年始は看てくれるところもないでしょうから。」とのこと。
もう一人の喉頭部のドクターKの今年最後の診察でも「気管は赤く炎症を起こしていて治るのに3週間くらいかかります。」と言っておられました。

テレビのニュースによれば、森友学園問題の籠池夫妻は拘置所で新年を迎えるそうですが、私たちは病院で新年を迎えようと思います。長い人生、こんなことがあってもいいのではないでしょうか。笑って話せる日が必ず来ると信じています。

今年も残すところあと4日。娑婆にいれば、仕事収め、忘年会、大掃除と慌しいくも楽しい時期です。

「取り残された」というより、「社会から離脱したような」感が無いと言えば嘘になりますが、これもチャンス!!
ならば、客観的な感覚で世間を見るチャンス!なんとなく世間に流されて、我を失いつつある現代人を観察する良い機会と考えマッスル!!
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今まで見えていなかったものが見えてくるはずです!!

メリークリスマス!!
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今日は、日中は愛すべき娘と息子がプレゼントを持って見舞いに来てくれました。

そして、夜は点滴をしてもらいながら、今夜担当の看護師さんと馬鹿話をしています。なぜ、点滴復活かと言うと・・・

放射線治療は、紆余曲折はありましたが、22日で終わり、食事も喉の痛みを堪えながら完食し完走したのですが、昨夜は遂に熱が出てしまいました。私は熱が出にくいというか、これだけの大手術をしても平熱でしたし、思い出そうとしてもここ10年、20年熱を出した記憶がないのですね。それが遂に・・・発熱でダウン。

加えて背中が痒いのでちょっと掻くと、射線火傷になっている皮膚(直接照射している胸ではなく背中です)が、べろっとめくれてしまったのです。それで、急遽、抗生剤の点滴となったわけです。

放射線、恐るべしです!!

友人が送ってくれたクリスマスソング付のカードを看護師さんと聞くという少し寂しいイヴの夜ですが、来年は2年分楽しみたいと思います!

病院のメリークリスマスでした!!
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12月20日(水)午前2時半「草木も眠る丑三つ時」尿意をもよおしてトイレに。手を洗う時、何気なく気管孔を見ると肉に縫い付けてあった糸が切れチューブが飛び出しているではあーりませんか。

「わっ、チューブが完全に穴から抜けてぶらさがっている!」

私の場合、大胸筋に気管孔を作っているのですが、筋肉があるがゆえに孔を塞ごうとする力が強いため安定せず、まだまだチューブを抜けない状況なのですね。
早速、ナースコールでSOS!!

看護師さんとH坂ドクターが来て、チューブ入れて縫ってくださいました。これで縫うのは5回目でしょうか?正直、縫うのは注射と並んで痛いので嫌いです。ズキズキします。しかし、縫う以外のワンタッチで簡単に脱着できるようなチューブは作れないものでしょうか。T先生宜しくお願い致します!!
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そんな真夜中、「草木も眠る丑三つ時」、チューブを縫い付けで痛みをこらえているタイミングでボディガーからラインが来ました。

「僕からのメッセージソング、僕の好きな竹原ピストルの曲聴いてください。Amazing grace です。」

「竹原ピストルのAmazing grace をカラオケで歌った時にどうしても吉賀さんに聴いて欲しくて夜中にも関わらず送ってしまいました。」

「今は1番しんどい時、乗り越えてください。今は忍耐です。」

「「かかってこい!」の精神で乗り越えてください!」

「「殺せるもんなら殺してみろ!ボロボロでも生きてやるぞ!」です!」

大きな怪我を手術を乗り越え、たった一度の人生をリングで命がけで目いっぱい生きているボディガーの言葉にはいつも後押ししてくれ勇気をもらえます。

「がん細胞をぶっ殺してやりたい!」
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ちょうど、このタイミングでのラインというのに必然を感じています。私のことを心に置いてくれている・・・。それだけでも有難いことです。


「がん細胞をぶっ殺します!」
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実は、ここ数日、放射線を受ける患者として悩んでいました。

放射線治療三分の二以上を終えたのですが、数字的にみれば、スクワットなら、「目標150キロ10回!呼吸整えてあと3回!楽勝!」というところなのでしょうが・・・放射線はどうもいけません。

首・喉から胸にかけての硬化、痛みが日々酷くなっています。唾を飲み込んでも痛みます。特に就寝中、寝起き直後はもう「カッチカチやぞ!!」なのです。

「本当に放射線治療をすることを決めたのは正しかったのだろうか?」と自問自答する毎日。

主治医のドクターNに何度か聞いてみたのですが、『正常な反応です。組織が繊維化してきます、まだまだ固くなりますよ。』、『放射線治療が終わった後、1年くらいは固くなっていきますからストレッチをやってください。』との答えでした。事前に、「食道がやられて食べ物の飲み込みが出来なくなる」、「放射線皮膚炎になる」、「治療後、放射線肺炎になる可能性がある」などは聞いていたのですが、プロのドクターが再発防止のためと薦めるのだからやったほうがいいだろうと判断して始めたのでした。が、しかし、筋肉組織がこんなに固くなるというのは私にとっては重要な話なのですが初耳でした。

放射線の主治医ドクターHと話したとき、「放射線治療は途中で止めるくらいなら、最初からやらないほうがマシ!」(治療効果が少なく、副作用だけが出てしまう)とも聞いていますし、ここまで治療が進んでいたら、今更止めてもすでに手遅れとは思うのですが、あまりの辛さに、疑問を感じて、今日が最後と決めてあえて聞いてみました。『首、喉から胸にかけてが石のようで辛いです。放射線治療あと1週間ですが、今、放射線を止めたらだめですか?』と。。(きっと、ドクターは「こいつ、何回言ったら分かるんだ!」と思っているでしょう。)

『筋肉が硬くなるのは、放射線による繊維化です。さらに進行します。』『途中で止めるということがどういうことか分かりますよね?どうしても嫌なら放射線は止めます。しかし、止めることは再発率が高くなることを意味します。』と理路整然、クールな答えでした。

「止めたら、痛み、痺れ、だるさが軽減するだろうか?
止めたら、止めたで、「やっておけば良かった」って後悔するのではないだろうか?

理解不足なまま、放射線に入ってしまった感は否めませんが、未来を生きる選択として間違いでは無かったと思うしかありません。

ブレずに毎日過酷な痛み、痺れ、だるさ、不安感等と戦っている自分を信じ続ける。
命を残す為に最善を尽くす医療に取り組んでくれているドクターを信じ続ける。


そして、『頑張ってください』って言葉をかけてくれた方々が念じていることを最大限のパワー武器に変えなければ!!!」

これは、凹んでいる賢人への真友からの言葉ですがその通りですね!!

苦しさに、不安にぶれかけている自分を後押ししてほしかったのだと思います。

「ブレずに毎日過酷な痛み、痺れ、だるさ、不安感等と戦っている自分を信じ続ける!」
「命を残す為に最善を尽くす医療に取り組んでくれているドクターを信じ続ける!」

それしかありませんね!!
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私の場合、気管癌ということで気管切開、喉頭部、甲状腺摘出のため、声を失いました。となるとコミュニケーションの手段は、筆談ということになります。この筆談というのも気軽に考えていたのですが、手術後のチューブにつながれた状態では字も書けないため、自分の意思が伝えられず苦しい思いをしました。筆談というのはいちいち紙に書かないといけないという面倒さもあるのですが、何よりも手が使えて文字が書けるということが前提になっているのです。

手が使えるようになってからは、ノートとペン、メッセージボードを使ってコミュニケーションをとっていましたが、やはり、遅くなるというか、タイムリーなコニュニケーションがとれません。

そんな時、ドクターKから「電気喉頭というのがあるから使ってみなさい。君は器用そうだからすぐに使えるようになるよ。」というお話をいただきました。早速、デモ機を取り寄せていただき購入を決めました。

今まで声は出るのが当り前と思っていたので、人間が声を出す仕組みを考えたことがなかったのですが、その仕組みは「肺から出た息が喉にある声帯を震わせることで「ブー」という振動音を作り、この振動音が声の基となり、口と舌を動かすことで「声」になる」のだそうです。
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人工喉頭はこの仕組みを利用し、振動を作る機械を喉に当て、口と舌を上手く動かすことでその振動音を声に変えることが出来るのです。

高音、低音、音の大きさを選択することができ、多少の抑揚をつけることは可能ですが、振動音が大きいのとロボットボイスになってしまうという改良の余地を残しているものの、筆談に比べタイムリーなコミュニケーションが可能になり便利です。

私が入手したユアトーンというのは、会話モードの他に歌モードという切り替えスイッチがあり、抑揚操作で歌も歌えるとか。

試したところ、五十音の「あいうえお」、「なにぬねの」、「まみむめも」、「やいゆえよ」、「わいうえお」は、簡単にクリアな音が出せます。「かきくけこ」、「さしすせそ」、「たちつてと」は、舌を上手く使うテクニックが必要です。唯一、「はひふへほ」は、どう頑張っても「あいうえお」になってしまうので「ゲス」するしかないですね。

しかし、私にとっては便利なコミュニケーションツールです。近々、歌モードでカラオケにも挑戦できる日が来るかもです。
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そのほかに、歌手のつんくがやっている「食道発声法」がありますが、これはゲップを使って発声をするのですが、習得が難しく数年のトレーニングが必要なようです。次の挑戦課題ですね。

今日、午前、皮膚科外来待合室で待っていると急に咳が出て、痰が詰まり窒息寸前!!急遽、吸引してもらうという事態に!!その後、KタワーのA看護師に車椅子で迎えに来てもらうというはめになっちゃいました。ああ、苦しかった。

病室に戻り、ネブライザーして、思いきり咳したら、大きな血痰が出ました。この状態は放射線が終わり気管壁の火傷が癒えるまで続くのでしょう。それまで油断はできませんね。くわばら、くわばら!!

しかし、良いこともありましたよ!!

午後には、遠路はるばる愛知県から、愛弟子のH君が奥さん、娘さんと会いに来てくれました。
彼と知り合ったのは3年前、生真面目な性格で着実に結果を出して来ています。
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素晴らしい一家に笑顔と元気をたくさんいただきました!!
早く治って、彼の成長を見守りたいと思います。
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放射線治療いよいよ折り返し点を通過して、残すとところあと2週間8回になりました。3週目に入ったあたりから、いろいろと放射線の副作用とおもわれる事象がでてきています。

放射線治療が進むにつれ、病院から出る薬が増えていきます。放射線食道炎対策として、食道、胃の粘膜を保護するというお薬アルロイド。放射線皮膚炎に対してのワセリン、ステロイドが配合された軟膏。気管などの火傷、爛れからの出血を防ぐという飲み薬、カルバゾクロムスルホン酸ナトリクム錠、トラネキサム酸錠、アドレナリン系、ステロイド系吸入剤などです。

昨夜というか、今朝というか午前2時頃に突然咳が出だし、3cm位の大きな乾燥した血痰が飛び出してきました。(詰まらなくて良かった!!)

その後、看護師さんを呼んで、ネブライザーを20分かけ吸引、湿気を含んだ血痰を吸引しました。
2日程、血痰が出ないので、出血を防ぐ薬が効いているのかとも思ったのですが、そうではなかったようです。

夜が明けて、ドクターKの指示で気管孔にカメラを入れると気管の壁が放射線でただれて真っ赤。これでは血痰もでますよね。

『放射線が終わって3週間くらいで炎症がおさまってくるからそれまでは剥がれてきた瘡蓋や血痰が詰まる危険があるから入院していたほうがいい。』とのことでした。『退院後、関西に帰ると聞いてますが、春までは空気も乾燥して一番危険な時期だから近くにいるほうがいい。』とも。

限られた病院、ドクターでないと対応が困難。それだけ症例の少ない難しい手術だったことを再認識しました。

食道をカメラで見てもらうと『白くなってきている所が放射線による炎症です。』とのこと。確かに唾を飲み込むと喉が痛い!!

人間、食べられなくなったら終わりと思っています。あと、8日、乗り切って完食します!!

そして、23日以降は、回復あるのみと信じて、硬化した筋肉をほぐすためストレッチに勤め、1日1日を積み重ねます。
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クリスマス、新年は亀田総合病院のラウンジで看護師さんたちと迎えることになるでしょう。初日の出を見るには最高のロケーションです。

そして、退院後は・・・。リゾート生活!?

関西凱旋は、まだまだ先のことになりそうですが、1日1日を楽しみながら日々を重ねたいと思います!!

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