BIG TOEの「未来を生きるために!!」

健康を自負していたボディビルダーに突然降って沸いた「ステージ4」の癌宣告。それも効く抗がん剤もない、放射線も効かない「腺様嚢胞癌(せんようのうほうがん)」という聞いたこともない稀少癌、しかも、気管内と言う悪条件で生き残る可能性は成功しても大きな後遺症が避けられない命を賭けた大手術のみ。 そんな現実に直面して思う人生あれこれ。家族のこと、友達のこと、仕事のこと、趣味のこと、生きる意味、人の優しさ、真っ当な生き方について語ります。

癌と言うネーミング !!

いつだったか、テレビで明石家さんまさんだったか、お笑い芸人さんが、「なんで癌っていうんやろ?名前が毒々しいよな。「ポン」とかやったらええのに。」と言っていたことを思い出しました。

確かに!!

「今度、入院しますねん。胃ポンですわ!!」だったら「胃ポンでっか!」と返せそう。確かにそう深刻なイメージではなくなります。 私の場合で考えても「腺様嚢胞ポンですね。」と言われたら、「ポンですか!?」と確かに深刻さが軽減するような気がします。

しかし、誰が、何故、「癌」という毒々しいネーミングをしたのでしょうね。

今日、遂におじいちゃんになりました。

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当然のことながら、昨年、手術時には予定すらありませんでした。もし、手術を受けない選択をしていたら、手術を選択しても医師から説明を受けていた術中、術後の合併症による死の可能性
20%に入っていたら、今日の日を迎えることはなかったのでしょう。

早速、「ひ孫の顔を見るまで生きるで!」と言っていた天国の母に報告です。

同じ日に2025年の大阪万博の開催も決まりました。

朝から青空が広がり、7年後の大阪万博、孫の成長と生きる新しい目標が二つも出来た最高の1日でした。

生きていることに感謝! 生かされていることに感謝! まさに生きてるだけで丸儲けです!!

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私は、トレーニングをライフワークとして続けていったためか、ここ十数年、風邪らしい風邪をひいたことがありませんでした。


そして、昨年
7月に癌告知を受け、9月に手術、11月から12月に放射線治療を受けたわけですが、幸いにも手術、放射線で免疫力が落ちているにもかかわらず昨日まで風邪をひきませんでした。

しかし、ここのところ急に寒くなったり、暑くなったりの寒暖の差からでしょうか、それとも入院中は外気にさらされることもない生活、退院後も空気が綺麗、自然豊かで人の少ない鴨川での生活から関西に戻って人ごみに出かけることが多くなったからでしょうか、ついに風邪をひいたようです。

昨日から気管孔から出る痰が多くなり血液の混じった黄色っぽい塊に変化し、手術で
1本のパイプ状になった喉が痛いのですが、喉が気管とつながっていないので所謂、水を口に含んでガラガラペーッといううがいが出来ないのですっきりしません。塩水で口をゆすいでパブロンを飲んで床につきました。

寝ていると喉の痛みが増して、気管孔から咳が出て眠れません。やはり風邪のようです。それでもうとうとして目が覚めた時には喉がひりひり、気管孔の痰が多いので、予定していたトレーニングジムトライでの右肩の治療をキャンセルして
1日安静に過ごしましたした。対処が早かったからでしょうか、お陰様で悪化するのは食い止められたようです。

しかし、気管孔という胸に開いた孔で呼吸をして、口から胃袋までが、1本のパイプになった体で風邪をひくとどうなるのでしょう。

鼻水はすすれない、かめないので垂れ流し状態で大王製紙から表彰状をいただかないといけないくらいティッシュペーパーを使います。

くしゃみは顔の動作は変わらず口をあけて「クシャン」という感じですが、空気は胸の気管孔から吹き出します。

咳も同じく喉にいがらっぽさを感じて咳をもよおしますが「ゴホン」を口からではなく、気管孔から「プシュン!プシュン!」という感じで空気が噴き出します。そして、一緒に気管孔から痰が出ます。

人体の不思議と言うか、防御反応として、鼻がむずいと異物を吹き出そうとクシャミとして気管から空気が送り出されるのですが、気管と鼻が繋がってないので空気は空しく気管孔から吹き出します。ちっとも鼻はすっきりしません。

喉がいがらっぽかったり、何かが詰まると異物を吐き出そうと気管から空気が送り出されますが、やはり気管と喉が繋がってないので空気は空しく気管孔から吹き出すのです。結果、喉はスッキリせず水で流し込むしかありません。

医師からは風邪をひいたりインフルエンザに感染すると気管孔からの痰が多くなり、呼吸に支障が出て酷いことになる可能性があるので、極力風邪をひかないように予防するように言われています。

でも、風邪予防にうがいと思っても、気管が繋がってないから喉で水を受けてガラガラが出来ないのです。口と鼻で息をしていないので風邪予防のマスクも効果は少ないでしょう。いっそのこと気管孔にマスクしてやろうかと思います(笑)。インフルエンザの予防接種も必要でしょう。

風邪をひいたら、ほかにどんな症状が出てくるのか未知数です・・・へんてこりんな体を楽しみながら体力をつけて免疫力を高めるしかないのでしょうか。

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思えば1年前の今週は魔の1週間だったなあ。

1112日に一時退院して新座市の自宅へ。主治医の「病院は安全地帯のように見えますが、実はばい菌がたくさんいて安全地帯ではない。自宅に帰った方が患者さんは元気になるものなんですよ。」と言う言葉に、「自宅に帰ったら、好きなラーメンを食べに行って、トレーニングをして、来たるべき放射線治療に体力回復をはかるぞ」と思っていたのでした。

しかし、退院直後から気管孔の狭窄が始まっており息苦しい。退院前の主治医の「気管孔は丁度いい大きさでこれ以上小さくならない。」と言う言葉を信じていたので「知らぬが仏」というか、その状態がやばいというのに、「こんなものなのかなあ」と思っていました。それが退院した翌日から息苦しくなり、ラーメンを食べに行くどころか、家内が作ってくれた食事さえ食べられない状況に。

いきなり呼吸困難になり埼玉病院に救急搬送、翌日は自宅で大きな血痰が狭窄した気管孔に詰り窒息寸前。なんとか自力で難を逃れたものの、その翌日も呼吸困難で再び埼玉病院へ救急搬送、帰宅後に気管孔に再度血痰が詰り窒息寸前。
17日に京橋クリニックでの外来が予定されていたので、不安な中、電車で京橋クリニックへ。そこで再び呼吸困難に。手術をしてくださったK医師、N医師による緊急気道確保処置により助かり、結局、入院していた千葉県鴨川の亀田総合病院へ緊急搬送。そして、再入院。2度目のICUへ。

なんと23歳の時に右足を骨折して病院に運ばれた時以来の救急車に5日で3回も乗ってしまいました。思い出したくない思い出です。どんよりとした空の思い出しかありません。

2月に退院して以来は、試験的にチューブを抜いたのですが狭窄が再現したため、現在も胸にチューブがはいったままですが、窒息死の恐怖からは遠のいています。ネブライザー、痰処理、チューブ管理をしておけば当面の間は大丈夫そうです。

今日は、朝から青空がひろがる少し寒い1日でしたが、午後からトレーニング場でかけました。体力をつけるために人体の筋肉の70%を占める下半身と凝り固まった上半身をほぐすためのマッサージをしてきました。

現状では上半身のトレーニングはローイングマシン以外は難しそうなので、もっぱら家でダンベルシャフトを使っての機能回復とストレッチに終始しています。
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骨はないけれど、残された筋肉で出来る事をやっています。
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きっと
2019年はもっと素晴らしい年になります!!人生で最高の歳になる予感!!

今日は、最愛の母の命日です。俳優の高倉健さんも同じ日に旅立たれました。
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あれから4年。この4年間は、母を追うような父の急逝、自身のステージ4、余命3カ月の癌宣告、手術、半年近くに及ぶ入院、鴨川での療養生活、退職とまさに悪夢のような4年でした。

しかし、この1年は、家族、たくさんの友人に囲まれ、励まされ、素晴らしいドクター、看護師さんと出会い、人生で最も幸せを感じた1年でもありました。
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亡き母のもとに行くにはまだ早すぎます。魂というものが存在して母が私を見ているとしたら、私の病気をさぞ悲しんでいることでしょう。三途の川を6回ほど見てきましたが、母が「まだ、早い!!」と追い返してくれたのでしょう。


癌の方は、現在、経過観察中ですが、生かされた今後の人生で何が大切か、誰が大切かを考えながら、大切な人々と生き抜きたいと思っています。

机の上の母の写真が微笑んでいるようです。
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今週は外来検診で2つの病院に行って来ました。
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先月の気管孔に出来ている盛り上がりの細胞検査は
ACCの再発は認められないとのことで少し安心です。血液検査も特に問題なし。私の場合、筋トレをライフワークとして続けているのが良かったのでしょう。がんでステージ4の宣告を受けた時も今回も血液検査はまったく問題なしでした。

長時間に及ぶ大きな手術に耐えることが出来たのも体力があったから、骨、筋肉を切除しても、機能障害が残るのは仕方ないとしても、見た目は健常人のような姿勢を保つことが出来ているのも、年齢の割に人並み外れた筋肉があったからなのでしょう。

しかし、長年鍛えた体力貯金があるために、数字的には優等生なのも困りもの?です。入院中からそうでしたが、しんどさ、異常を感じて訴えても数字が優等生なので「数値が正常範囲ですから、先生を呼べません。様子を見ましょう。」で終わってしまう。そして、呼吸困難になって初めて対処されるといった感じでした。困ったものです。

気管孔に入ったままのエアウエイチューブの問題も気になるところです。チューブが入ってないと気管が狭窄して呼吸困難に陥るため抜くことが出来ないのですが、やはり、生身に異物が入っているわけで、咳を、くしゃみをするたびにチューブが移動して摩擦が生じます。そのために出来た肉芽が大きくなってきていること、それに痰が絡まって取れないのです。いつになったらチューブとサヨナラ出来るのかドクターに聞いてみたのですが、私の場合、癌が広範囲で残せた気管が5cmと短い事、術後、患部に放射線を照射しているので、気管孔の組織の修復が進んでいないのでチューブが抜けない、当分の間は抜けないだろうとのことでした。14回の加湿、ネブライザーとチューブの管理とは一生のお付き合いを覚悟しておいたほうがいいかもしれません。
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手術をしなければ34カ月と言われ、手術を受けて1年と2か月がもう間もなくやってきます。しかし、生活面の不自由はあるものの生きています。歩けます。明日もリハビリとマッサージのためトレーニング施設に行って来こうと思います。時間はかかるでしょうし、限界はあると思いますが大好きなトレーニングを楽しみながら機能回復に努めたいと思います。

体力が足かせになるなどとネガティブな考えは捨てて、体調と相談しながら、生きるための体力増強に努めようと思います。

リハビリトレーニングに散歩がてら通っていますが、手術前のように「納得がいく体が出来たらマスターズに挑戦しよう!」とかの目標が無いためか、いまいち気持ちがハイにならない。

今の体では当然のことなのだが・・・。生きるために手術を受けると決めた時点で、「気管孔を作るために骨は戻せません。切除です。気管孔の補強のために大胸筋を使うかもしれません。術後は気管孔からの呼吸となるために息むことが出来なくなり重量物を持ったり、トイレでうんちを気張ることも出来ません。」と聞いていたはずなのにね。

「胸の骨を切除して気管孔を作って生活している人に出会ったことが無い」と先日書きましたが、本当に何人の方が生存していて、どのような生活をしているのだろうかと思います。

気管孔での呼吸は、空気の出入り口が開きっぱなしなので、口からの呼吸と違って口を閉じて気張るとか、我慢することが出来ないのです。この気管孔で呼吸がどのようなものかは体験者しかわからないのです。でも、聞く仲間がいない。亀田総合病院の
T先生は、「いつも片方の鼻の穴が塞がっているようなもの、ストローを口に銜えて息をするようなもの」と表現されていましたが、通常の呼吸よりもかなり苦しいのは確かです。トレーニングとなればなおさらです。

 

今日も、リハビリトレーニングとマッサージ目的でトレーニング場へ行って来ました。

そこでは、
75歳になった今なお現役ボディビルダーとして日本マスターズで活躍されている森山先生をはじめ現役のボディビルダーが多くトレーニングをされています。

そして、今日はその一人、北野さんが「吉賀さんに見せたいものがあります。自分のトレーニングバイブルとしていつも参考にしています。」と過去に私が月刊ボディビルディング誌に書いたトレーニング記事をファイルした物を見せてくださいました。自分が書いたものが人様の役に立っている。これって嬉しいじゃないですか!!

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「気分が乗らない、ハイになれない。」などと言っている場合ではりません。

私は
1984年にソルトレイクで伝説のミスターオリンピア ラリー・スコットからボディビルを学びました。マスターズには出られないけれど、これからは、「気管孔で呼吸する世界でも珍しいマッチョな癌サバイバー」としてレジェンドを目指したいと思います。

生きる新しい目標が出来ました!!北野さんありがとうございます!!

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今日から11月に入りました。

歳をとるにつれて時間が経つのが早く感じるようになると言いますが、私にとっての
2017年、2018年は、とても長い、長いようで、瞬く間に過ぎた時間でもありました。

死への不安と、生への思いの狭間を行ったり来たりしながらも、現世で出会った多くの真友、親戚、家族に支えられ、多くの真友、親戚、家族の暖かさに触れることが出来た人生で一番幸せな時間であったようにも思います。

一度は「終わったな」と思った人生に「人生の延長切符」を与えられ、今、生きています。明日、来年はわかりませんが、それは私だけではなく生きているすべての人に言える事です。大切に生かされた時間を使いたいと思います。

今日は、関西に帰ってきて7度目のトレーニングに行ってきました。

徒歩
10分でトレーニングに行けるロケーションに引っ越してきたことは正解でした。これが無いと引きこもりになったかもしれません。

でも、トレーニングと言ってもリハビリですね。以前は見向きもしなかった施設のマッサージ機を重宝しています。
2種目やったらマッサージと言った感じでしょうか。下半身は気管孔と相談しながら、徐々に負荷を上げて行こうと思いますが。骨を切除され、筋肉を骨から剥がされ、固まってしまっている上半身は当分の間は無理ですね。右肩が痛くないポジションでチェストプレスマシンに挑戦してみましたが、固まった大胸筋が締め付けらるように痛くて、ちょっと無理をすればたちまち筋肉が断裂、骨から剥がれそうな怖さがあります。

でも、大丈夫。時間はかかるでしょうが可能な限り機能を回復させて見せます。

今日もいい1日でした。

それにしても、やはり、腺様嚢胞癌で胸に気管孔を作った人から、もしくはそういう人を知ってるよという情報はありませんね。

うん、それだけ稀少な体の持ち主になったということなのでしょう。一人旅でも頑張ります!!

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75歳、現役ボディビルダーの森山先生。尊敬する私の目標です!!

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昨年6月のステージ4の腺様嚢胞癌気管癌告知以来、検査、セカンドオピニオン、検査、入院、手術、退院、再入院、退院、鴨川での療養生活と瞬く間に16カ月が経過しました。

その間、私と同じ稀少癌である腺様嚢胞癌が気管に出来た方には私を含めて4人しか出会っていません。そして、私とおなじ喉頭部全摘出、鎖骨、胸骨、第一・第二肋骨、気管の大部分を切除して、胸に気管孔を制作した方には、一人も出会っていません。

この手術が出来るドクターは数人しかおらず、スーパードクターと言われる私の主治医でさえ、4年ぶり、生涯3人目とのことだったので当然と言えば当然のことなのでしょう。

そうなると、生まれ故郷である関西に帰ってくるにも、引き継いで治療にあたってくださる病院、ドクターを探さなければならないということになりますが、正直、手術前にはそこまで考えていませんでした。主治医でさえ、術後の細かいケア、気管孔挿入のチューブなどのケア用備品は試行錯誤、ましてや引き継いだドクターはなおさらでしょう。

せめて、同じ癌で、同じ手術を受けた先輩患者さんが現れて、経験に基づいたアドバイスをいただければありがたいのですが・・・。

ある意味、パイオニアに近い。自分が自分主導で情報を集め、ドクターと話し合いながら、これからも進んでいくしかないのでしょう。そして、それを記録として後世に残していくことが自分に与えられた使命なのかもしれません。

「私と同じ癌で、同じ手術を受けた先輩患者さんは居ませんか?」

 KikankouOpe

そんなことを考えていたら、私の恩人のひとりスーパーナースさんからメッセージが届きました。必然を感じました。

 

「苦難にある者たちの告白」

ある患者の詩

 

大事を成そうとして、

力を与えてほしいと神に求めたのに、

慎み深く、従順であるようにと

弱さを授かった。

 

より偉大なことができるように

健康を求めたのに

よりよきことができるようにと

病弱を与えられた。

 

幸せになろうとして

富を求めたのに、

賢明であるようにと

貧困を授かった。

 

世の人々の賞賛を得ようとして、

権力を求めたのに、

神の前にひざまずくようにと

弱さを授かった。

 

人生を享楽しようと

あらゆるものを求めたのに、

あらゆることを喜べるように

命を授かった。

 

求めたものは一つとして

与えられなかったが、

願いはすべて聞き届けられた。

 

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、

心の中の言い表せない祈りは

すべてかなえられた。

 

私はあらゆる人の中で

最も豊かに祝福されたのだ。

(訳者不明)

退職して、有り余る時間を持ちながらも慌ただしく時間が経過していきます。この調子で行くとすぐに今年どころか平成が終わってしまいそうですね。などど感じながら11日を重ねていっています。

芸能人や頑強なイメージの強いスポーツ選手が亡くなるニュースが相次いでいますが、ほとんどが癌という感じがします。この1か月あまりを振り返っても俳優の志水正義さん、樹木希林さん、格闘家山本キッドさん、元横綱輪島さん、マラソンの真木和さんと続いています。

癌にはこれと言った特効薬はなく、癌種、部位、進行度によって治療法も様々なのですが、いずれにしても早期発見ならば寛解、完治ということもありますが、多くの場合、自覚症状がなく、違和感を感じた時にはステージ4ということが多いのです。 そうなると癌を治すとうよりも、いかに正しい知識を得て、状況に応じた治療を、医師を選択して、上手く癌と付き合いながらどれだけ充実した人生を生きるかというのが現実かなと思います。

私の場合も、だるいとか痛いとか自覚症状は全くなく、むしろトレーニングの調子は良かったのです。そして、違和感を感じて受診したらステージ4で癌自体は10cmに成長して、気管から喉頭部に浸潤していたのです。

2018年のがん罹患数予測は101万人超、がん死亡数予測は約38万人と言われています。

そんな中、大阪茶屋町のMBSで開催された「ちゃやまちキャンサーフォーラム」に行ってきました。私が罹患している腺様嚢胞癌のサバイバーで構成される「TEAM ACC」も出展していました。
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二人に一人は癌になるという時代に私たちは生きています。

なってしまったのだから仕方がない。クヨクヨ、メソメソしててもなにもいいことはない。それより、残された時間に限りがあることが自覚できたのだから、いかに癌とうまく付き合いながら生き抜くかを考えるべきだと考えています。

各ブース、会場は生きる熱気にあふれていました。

今日も
1日重ねられたことに感謝です!!
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★知っておきたい癌用語★

【癌治療における「完治」と「寛解」とは?】

「術後、治療後5年間再発しなければ完治しただろう。」と見なすそうです。「5年生存率」とよく言われるのはこのためです。乳がんの場合は、5年以上経っても再発することがあるので10年が完治の目安、腺様嚢胞癌の場合は転移、しつこい癌なので5年、10年を経過しても再発、転移が起こるそうです。

癌治療における「寛解」とは、「完全に治った。」とは言い切れないけれど、「病気を抑えることができている。」という状態だそうです。

 

【癌治療における「完全切除」とは】
手術にて肉眼はおろか顕微鏡で確認しても腫瘍がとり切れたこと。R0(アールゼロ)切除、治癒切除ともいいます。

「完全切除」といっても、癌細胞が体のどこかに潜んでいて再発、転移する場合もあるので、切除した時点では完全に治癒した意味ではありません。

「非治癒切除」「不完全切除」・・・

R2(アールツー)切除・・・肉眼的に明らかに腫瘍が取りきれなかった状態。

R1(アールワン)切除・・・肉眼的には取り除いたが顕微鏡で確認すると腫瘍が取り切れていない状態。

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