BIG TOEの「未来を生きるために!!」

健康を自負していたボディビルダーに突然降って沸いた「ステージ4」の癌宣告。それも効く抗がん剤もない、放射線も効かない稀少癌、しかも、気管内と言う悪条件で生き残る可能性は成功しても大きな後遺症が避けられない命を賭けた大手術のみ。 そんな現実に直面して思う人生あれこれ。家族のこと、友達のこと、仕事のこと、趣味のこと、生きる意味、人の優しさ、真っ当な生き方について語ります。

あと1日でピョンチャンオリンピック開幕です。

その日に私たちも埼玉から居を移し千葉県鴨川での生活をスタートさせます。そして、翌週の12日には昨年9月11日からの入院生活にピリオドを打ちます。今度は逆戻りなしにしたいものです。

その日に向けて、昨日はシャワーに入る練習をしました。

昨年9月12日、私は生きるために、喉頭部、甲状腺全摘出、気管切開、永久気管孔増設という大手術を受け、声を、臭覚を、口、鼻からの呼吸を失ないました。それ以外にも枚挙に暇がないくらい、今まで普通に出来ていたことが出来なくなってしまいました。

そのひとつとして、風呂に入れないということがあります。もともと、風呂は好きでトレーニングを習慣にしていたため、シャワー、洗髪は毎日欠かさない人間でした。その人間が手術の前日以来、風呂はおろか、シャワーすらしてないのです。(下半身シャワーと上半身はタオル拭きです。)

理由は、胸に開けられた永久気管孔から水が入ると溺れ死ぬからです。しかし、せめて、何とかしてシャワーだけでもしたい。そこで担当医のドクターTに協力を依頼。

『何とか立位でシャワーを出来ないでしょうか。例えば、気管孔の上に雨をしのぐ軒をつけるような。』
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そして、探してくださったのが、これです。呼吸器治療受けている子供さんが鼻と口につける装置のようです。早速、試してみましたが、使えそう。

ただ、問題はいかに、骨をとって気管孔を作ったために凹んでいるうえに呼吸、咳をするたびに大きく膨らんだり凹んだり波打つ胸に固定するかです。

ドクターTの構想では、『首と背中にゴム製のバンドをかけて引っ張る。それだけでは胸が凹んだ時に隙間ができ水が流れ込む可能性があるため周囲をテープで目張りする。』と言うものでした。

膨らみ凹む皮膚と密着する部分がエアー構造になっているのが効を奏しました。結果、5ヶ月ぶりにシャワーを浴びることが出来ました。

人間らしい生活に一歩前進です。これで、硬化した首、喉、胸に温かいシャワーを浴びせることが出来ます。少しでも機能が改善できると思います。

2月に入りました。今日は節分、大安です!!

亀田総合病院に入院、大手術から5ヶ月、足掛け6ヶ月になります。命綱である気管孔にはまだ狭窄傾向があり、気管孔からチューブが抜けない状況ではあります。手術と放射線治療による筋肉、組織の硬化、繊維化による痛み、組織の硬化、神経圧迫による両腕の痺れは一生付き合っていかなければならないのでしょう。

そんな状況ですが、安心、安全な状況になるのを待っていたらいつまでたっても退院できません。また、主治医から退院しても『退院後、最低3ヶ月は何が起こるかわからないから、すぐに病院に来ることが出来るところに住むことをお薦めします。』と言われていることから、妻の理解もあり、ここ鴨川に引っ越すことを決意しました。

それに伴い2月12日退院を目標に治療と退院後の何かが起きた場合などのシュミレーションをして、生きるために必要な超音波ネブライザー、吸引機器などの準備を進めています。

1月25日の6度目の三途の川ツアー以来、体調が優れず、リハビリもすべてキャンセルしていたのですが、1日から自主リハビリと自主トレを再開しました。

まだ、気管孔が詰まり窒息の可能性はあるのですが、埼玉から4時間に比べればマンションから病院まで徒歩10分。自分の生命力と運命を信じて退院します。6度の生還も自分の運と生命力なのでしょう。

今日は節分、大安です!!
昨日から、胸の硬化の痛みがキツく咳をするのも辛いです。そんな中、妻が埼玉から駆けつけて来てくれました。「鬼は外、福は内!!」痛みが和らいで来ました!!

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メールボックスには盟友か~ささんからの贈り物が!!
○がんが治るのは、その人が恐れを手放したとき。
○「いま」に腰を据え、先行きへの不安を思い描かない。
○「いまこのとき」を十分に満喫しながら、がんについての不確かな状況に向き合える。
○疑いや恐れといった抑圧された感情を手放し、健やかな気持ちで「いま」を楽しむ。
○それによって、身体は安らぎ、治癒力を増していく。」

つまり・・・、

不確かなものに不安、疑い、恐れを描かず、今このときを健やかな気持ちで楽しむということでしょう。
これは、私にとってなかなか難しいことですが、大切なこと。退院したら、今を心穏やかに楽しみたいと思います。
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今日は、二十歳代に大阪のナニワボディビルクラブで出会って以来、私にとって妹のような存在である恵理ちゃんが鴨川に御見舞いに来てくれました。

実は、彼女自身、昨年、癌が見つかり手術(早期発見だったため内視鏡手術で全快しました。良かった!)した経験を持っているのです。

そんな妹がくれた言葉です!!

「お兄ちゃんはまず何年か経って「あんなこともあったけど、今はこうして普通に元気に生活しているよ!」と言えるようになること。そして、それが同じ病気で苦しんでいる人々に勇気と元気と希望を与えることになるから。」
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そして、夕刻に愛知のか~ささんから、メディア情報メールが!!

★「生きるってスゴイ がん新時代へ|」日本テレビ
http://www.ntv.co.jp/ikiru/
「今週 いろいろ特集が組まれてるみたいです。
TOEさんの病院は 凍結療法でも有名な病院ですね。
亀田病院が放送されます。」

そして・・・元気もらいました!!

「リブストロング!リブストロング!リブストロング!リブストロング エイエイオー!」

昨年、「この癌には外科手術しかない。手術しなければあと3ヶ月で窒息するだろう。手術するにしても出来るギリギリの線まで来ている。」という診断を複数の病院で受けました。

そして、2017年9月12日、ここ千葉県鴨川の亀田総合病院で手術。

手術前、「入院は約4ヶ月」と聞いていました。「ということは、年内入院ということか・・・」と覚悟はしていたものの、当初、開けてみて癌が食道に浸潤していたら食道切除、小腸移植と聞いていたのですが、幸いにも食道への浸潤はなく残すことが出来たので「入院期間が短くなるのでは?」と思っていました。

しかし、現実は過酷です。丸4ヶ月を越えてもうすぐ足掛け6ヶ月に入ります。
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しかも、今回の手術で最も大事で命に直結する永久気管孔に狭窄傾向があり、完成の目処すらついていないのですね。

そうなってくると、主治医のドクターNは、「必ず落ち着いてきます。」と言いますが、「本当に退院できるのだろうか?」「社会復帰出来るのだろうか?」

遂には「この手術をするという選択は正しかったのだろうか?」と思考が後戻りしてくるのです。

そこで、女々しくも再考です。

気管に出来た腺様嚢胞癌。進行は遅いが、有効な抗がん剤がない、放射線も効果が見込めない、重粒子線も使えない、気管壁、軟骨部がやられているため遺伝子療法、免疫療法も不可。残る方法は、外科手術のみ。

その後、いろいろな方々から「この療法はどうか?」とご意見を頂きましたが、やはり、「この強敵をやつっけて生き延びるには一番やりたくなかった外科手術しかない。」という結論を覆すものには出会えていないのです。

そして、手術!!

再考①・・・もし手術をしなくてまだ生きてた場合、「もう、手術もできない、いつ、窒息するんだろう。」と不安な日々を過ごしつつ手術しなかったことを後悔しているんでしょうね。

再考②・・・BLOGに投稿いただいた「ももさん」のお父さんみたいに自分が癌ということを知らずにいきなり窒息死するのは、家族に伝えたいことを伝達出来なかったという無念の思いが残るのでしょう。

そうなると、やはり再考③・・・「生き延びる可能性を追及するなら気管に出来た腺様嚢胞癌の場合、外科手術しかない。」という選択は間違ってないのだと思います。

なのに、ひとつしか選べないのに、もう後戻りは出来ないのに再考してしまう自分が情けないです。

どの道を選んでも振り返ると後悔はあるのです。

ここで、線引きです。

もう、それなりに元気になって、献身的に尽くしてくれる愛する妻と鴨川生活を楽しみます。
後戻りは出来ない。前進するしかないのです。

ただ、「手術をしなかったら窒息。手術をしたのに窒息」だけは避けたいものです。
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昨日午後一時すぎに突然気管孔のチューブがつまり、息が出来なくなりました。

ナースコールの連打!担当ベテラン看護師Wさんが駆け付け吸引をかけます。しかし、目で確認できる範囲には何もみえません。『ゆっくり、深呼吸をしてください。』と言うけれど気管に全く空気が通らないから深呼吸など出来るはずもありません。

それでも生きるために必死で咳を試みます。「大丈夫!」、「大きく息吸って!」K看護師、M看護師の声が聞こえます。M先生が飛んで来て、チューブを一旦抜いて、奥に詰まっている痰をとって気道確保。息が出来るように。(チューブの出し入れは医療行為になるから看護師はできない。)6度目の「三途の川」を見た瞬間でした。

ドクターTも来て『やはり、チューブがかかってないところが狭くなってきています。今から麻酔をしてチューブの入れ直しをやります。』

早速、点滴の針が入れられ薬液が入れられます。間もなく意識がなくなりました。

麻酔から覚めました。再び、気管孔にチューブが縫い付けられていました。

主治医のドクターNは、「必ず落ち着いて良くなります。」と言いますが、本当にいつになったら普通に呼吸ができて普通の生活ができるようになるのでしょう。

1月末の退院を目指していたのですが断念せざるを得ない状況です。しかし、まだまだ!!2月中旬までには退院できるように頼れる担当医(息子のような若者ですが)ドクターTと作戦を練る週末です。
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「BIGTOEの筋肉BLOG」にか~ささんという子育てをされている女性から書き込みをいただきました。

彼女は私と同じ気管支内という厄介なところに、腺様嚢胞癌という厄介な稀少癌を発症されて勇敢に戦っておられます。

私自身、昨年の6月に喉の違和感で病院に行ったことをきっかけに癌宣告されました。防衛医大、国立がんセンター、亀田総合病院とセカンドオピニオン、サードオピニオンと渡り歩きました。

その結果、医師の診断では、重大な後遺症を伴う、しかも危険な外科手術を受けなければ、3ヶ月位で気管の径の3分の2を占めている癌で窒息死するだろうとのこと。しかも、手術をするにもすでにギリギリの段階に来ているため、1週間で命をかけた手術を受けるか、放置して3ヵ月後に逝くかの選択を迫られたのでした。そして手術。

しかし、その後から今日に至るまで、その厄介な気管内に厄介な腺様嚢胞癌を患っている人に出会ったことがありませんでした。

・・・・・

はじめまして!
私も BIGTOEさんと全く同じ病気の、
気管支内に癌が出来た、腺様嚢胞癌に罹患してます。
腺様嚢胞癌の仲間は たくさんいますが、
私と全く同じ 気管支内原発の 腺様嚢胞癌の人には
今まで出会った事がありませんでした!
ですから あまりに驚いて コメントしました。
よろしければ いつかぜひお会いしたいです!
大変な手術をされたようですが、
その後 体調はいかがですか?
お体に気をつけてお過ごし下さいね。

腺様嚢胞癌の仲間達の 繋がりの場として、
TEAM ACCがあるのはご存知ですか?
リーダーのはまさんが、同じ腺様嚢胞癌の仲間を見つけるためにと
立ち上げて下さりました!
よかったら 私の今までの経緯も載せてある
腺様嚢胞癌の仲間達の体験記がありますので
見てみて下さい!
決して一人じゃない!私は この言葉にいつも救われています!
BIGTOEさんも 仲間ですから!
ずっと応援しています!

か~さ 2018-01-20 22:02:38

・・・・・

か~ささんは、自ら「楽しく生きてエイエイオー!!気管支の線様脳胞癌治療中~」 というブログを開設して、自らの闘病記を強い心を持って公開しておられます。

生きることへの強いパワーを感じます。

同じ気管内腺様嚢胞癌に罹患しているものとして出会いの必然性を感じます。

そう、僕たちは一人じゃないんです!近未来にともに全快し笑顔でお会いしたいものです!!

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年が明けて早や3週間。
日々、一進一退を繰り返しつつも、食道、気管への放射線火傷は、着実に改善の方向に向かっています。鴨川の住居も大方の目処が立ってきました。
そんな中、埼玉県嵐山のBIG FIVEの杉田さんが鴨川まで来てくださいました。退院したらBIG FIVE君連れて来てくださいね!!
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以前、外科手術時の痛み、術後の痛みと麻酔、痛み止めについて話しましたが、今日は術後の傷の回復過程に起こる組織の硬化、放射線治療による組織の硬化に伴う痛みについて述べてみたいと思います。硬化には個人差が結構あるようなのですが、ご参考のために。

手術以来、必死のパッチでストレッチをしているのですが、胸から首にかけての組織の硬化、ツッパリが酷くなっています。特に寝起きは「かっちかちやぞ!」で最悪です。主治医ドクターNの言う「外科手術の傷が治癒するときに組織が硬化します。放射線治療によって数年にわたり組織の繊維化が進行します。」ということなのでしょう。しかし、それは命と引き替えとは言え辛いものです。
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手術による後遺症、合併症や放射線治療で起こりうる副作用についてはもちろん事前にドクターから説明されるのですが、結構大雑把だと私は思います。少なくとも起こりうることのすべてを網羅しているわけではありません。個人差もあるようです。放射線の主治医からも組織硬化、繊維化の事前説明はありませんでした。聞いたのは皮膚炎、食道炎、痰が増える、放射線肺炎くらいです。

「固くなります。」とドクターは当然のように言いますが、患者にとっては当然ではありません。アスリートの端くれにとっては柔軟性が無くなるのは大きなショックです。ドクターにとって第一の目的は、『癌を切除して再発のリスクを減らすこと』なんですね。それに大抵の場合、ドクター自身、その痛みを身をもって経験したわけではないので、組織が硬化する痛みがどのようなものであるかは当然わかるはずがありません。私も経験して初めて知りました。

それは、例えていうと、筋肉が石のような、甲羅のような固まりになって、肉に押し付けられて食い込んでいるような、割れた茶碗のぎざぎざを胸におしつけられているような痛みなんです。私の場合、元ボディビルダーということで、筋肉量が並の人より多いので余計に硬化する固まり(マス)が大きいのできついのかもしれません。(だとすると、筋肉が大きい人は不利となります。)
それは、到底、簡単に我慢出来る、慣れることが出来るものではありません。

首も同じく。ぎざぎざのついた猿ぐつわをはめられているような痛みです。喉が圧迫されて息が詰まりそうな感覚なのです。

これが「まだまだ固くなります」って言われても、「これ以上固くなったらどうなるの?一生これと付き合わないといけないの?」と思ってしまいます。外科手術、放射線治療を受ける方は、心しておくべきことと思います。

経験して初めて分かる手術による傷の回復過程で起こる組織の硬化、放射線治療によって起こる組織の硬化、繊維化による痛みについての私の率直な意見でした。

とは言え、もう後の祭りです。出来るだけ早期に退院して、自身の回復力を信じ、手術で命と引き換えに与えられた肉体で出来ることをやり、社会復帰、ジム復帰、トレーナー復帰を目指します!!

うん、もう、それしかない!!

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(※ダンベルフライ もうこんなことは出来ないでしょうが、出来ることをしっかりやあるのみです)

今日のトレーニング

1月末退院に向けて歩くこと下半身重視のトレーニング
○トレッドミル 20分
○レッグイクステンション 3セット
○シーテッドレッグカール 3セット
○チューブサイドレイズ 3セット
○コンセントレーションカール 3セット
○クロスチューブプレスダウン 3セット
○レッグレイズ 100回
○ワンレッグカーフレイズ 3セット
○ウオーキング 2km
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今日は激しい雨の中、仕事関係の友人たちが鴨川まで来てくださいました!!ありがとうございます!!また、赤羽に飲みにいきましょう!!
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退院後は出来るだけ早く社会復帰したいものです。
でも、もう営業の仕事は出来ないなあ・・・。
できることをやろうと思います!!宜しくお願いいたします!!

昨年末から、自ら志願してリハビリに筋トレを追加。新年はもう退院に向けて回復しかないだろう!!

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(※リハビリ室での筋トレ ボロボロになった大胸筋を鍛える)

大手術後4ヶ月が経過、入院生活ですっかり使い果たしてしまった感のある「筋肉貯金」も「リハビリ筋トレで取り戻してやる。筋肉細胞で癌細胞の成長を止めてやる!」と意気込んでいたものの、現実は厳しいようです。

放射線による気管の爛れが思いのほか回復が遅いのです。それでも放射線治療終了後3週間。明らかに指の第一、第二関節ほどもある大きな血痰が姿を消し、出血が減っているのがわかります。気管支鏡検査も良好のようです。・・・と、安心もつかの間、今度は今までなかった頻繁に出る咳に悩まされる毎日をおくることになってしまいます。この季節独特の空気の乾燥が原因なのか、巷で流行っている風邪、インフルエンザのたぐいではないだろうか?と悩んだのですが、鼻水は出るものの熱も出ずだから、空気の乾燥か軽い風邪なのでしょう。(ドクターが平然と構えているということは、大きな問題ではないのでしょう。)

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(※トライのTAKAさんお勧めのWAVE TRETCH RINGでハムのストレッチ)

しかし、いつまでも入院しているわけには行きません。

入院も1、2週間なら疲れをとるのに丁度いいかもしれませんが、私のように4ヶ月を越えるともう心身ともにリアル病人になってしまいます。家庭で実社会で生活しないといつまでたっても体も回復しない、下手をすれば鬱になってしまう気がするのです。

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(※TAKAさんからいただいたCROSS TUBEで上腕三頭筋を鍛える)

そこで、1月末には退院をするという計画で動いています。


そのためには・・・

①気管の炎症、食道炎が治ること、
②気管孔が落ち着き狭窄が起こらない、もしくは交換可能チューブがあること、
③超音波ネブライザーを購入して自分で痰がとれること、
④吸引機まで必要かどうかの判定、
そして、そして、
⑤何よりも命を守るため主治医ドクターNの勧める「何かが起こったとき、すぐに病院に行ける場所での居住」
(「誰でも出来ない、事例が少ない手術であること、放射線治療後ということで何が起こるか分からないので、退院後も関西には帰らず病院にすぐに来ることが出来るところに居ることをお勧めします。」というドクターNの勧めです。)
最低限これらをクリアされなければなりません。

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(※ペットボトルコンセントレーションカール)

①は、時間が解決するでしょう。実際、食道炎はほぼ落ち着いてきています。気管はあと1~2週間でしょうか。

②これが、スーパードクターNも予測不能の命にかかわる問題点です。

③オムロンの超音波ネブライザー(100,000円)を購入します。(昨年11月に購入した家庭用コンプレッサーネブライザー(20,000円)ではダメでした。)

④吸入器は保険として購入もいいかもしれませんが、不要と思っています。

⑤亀田総合病院に10分以内で駆け込める距離の住居を見つけ、両方の家賃を払う余裕はないので埼玉から引越しします。
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しばらく、体調が落ち着き普通の社会生活が出来るようになるまで、リゾート地鴨川で、でっかい太平洋を見ながら家内とふたりで暮らすのも悪くない!!
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さあ、作戦は立ちました!!

あとは、実行あるのみです。

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