BIG TOEの「未来を生きるために!!」

健康を自負していたボディビルダーに突然降って沸いた「ステージ4」の癌宣告。それも効く抗がん剤もない、放射線も効かない稀少癌、しかも、気管内と言う悪条件で生き残る可能性は成功しても大きな後遺症が避けられない命を賭けた大手術のみ。 そんな現実に直面して思う人生あれこれ。家族のこと、友達のこと、仕事のこと、趣味のこと、生きる意味、人の優しさ、真っ当な生き方について語ります。

一時退院中に3度三途の川を見たと以前書きましたが、「二度あることは三度ある」と言いますが、まさか四度目があるとは!!
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昨日、午後7時30分ごろ、病院の廊下で咳をした途端、急に縫い付けたチューブの奥で固まった痰が詰まって死にそうになりました。ちょうど若い看護師くんが居たので来てもらったのですが、新人さん故、困惑している様子。でも、こっちは息ができないので必死です。もがきながらナースコールを押し続けました。

すぐにS看護師さんが飛んで来て、K看護師さんがドクターTの連絡してくれました。すぐにドクターTが、内視鏡カメラを持って来てくださり、気管孔に挿入、縫い付けた糸を切ってチューブを外して血痰を除去。呼吸ができるようになりました。

「助かったあ!!」またもやギリギリの男を演じてしまいました。

実は、「チューブを縫い付けてるからドクターが居ない時に詰まったらどうなるの?」と想像したことがあったのだけれど、まさか現実になってしまうとは。ドクターTが居てくれてよかった!昨日から呼吸音「ボーボー」言うてるから何かあると思っていたのですが、「火の無いところに煙は立たない。」を証明してしまったのでした。

どうやら、放射線で気管孔が火傷している状態であるために血痰が増え乾燥して固まったものがチューブにこびりついてしまったようです。放射線が終わり傷が癒えるまで油断は出来ません。
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まさか乾燥が命取りになるとは健康な時には思いもしないことでした。四度あることは五度ある!?それは勘弁してください!!

放射線治療が続いています。
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目的は癌の再発防止です。

当然のことながら、ドクターから「放射線治療についての説明と合併症などのリスク」について説明があり、合意のサインをします。

私の場合、照射部位が首、喉から胸にかけてのため、起こりうる主な合併症として、照射部位の皮膚炎(火傷ですね)、食道炎(これも食道の粘膜の火傷です)、放射線肺炎のリスクについて、照射部位から気管孔からの痰、血痰が増えること、また、合併症は治療終了後、半年から1年は起こる可能性があることなどの説明がありました。

軽いものから重いものまで、9割の患者に起こるという食道炎になって食事が喉を通らなくなると治療は中断されて先延ばしになるとのことでした。

放射線治療では、まず、CT撮影をしながら体にマーキング(緑色の線)がされ、顔と肩を固定するためのマスクが作られます。照射は、外科医と放射線専門医により患者の症状に応じた照射部位と照射回数が計画され、それに従って実施されるのです。

そして、いよいよ、照射の開始です。実際に治療として放射線が照射されるのは、2分程度ですが、正確な照射のための体の位置決めがあるので20分程度でしょうか。私の場合、治療回数は25回(約5週間)と決められました。

放射線治療自体は、痛くも痒くもないのですが、私の感想では、照射後体が火照った感じ(私の場合、気管孔があるので気管孔からの呼気が熱く感じます)気だるいといった感じでした。

そして、2週目の終わり頃から、体調に変化が!!私がまず感じたのは、私の手術箇所である胸と首、喉の筋肉(大胸筋、胸鎖乳突筋など)の硬化と突っ張り感がさらに増してきたことです。

筋肉の硬化については説明を受けた記憶がないので主治医ドクターNに訊ねたところ、「放射線をあてると筋肉や筋が固くなります。首が上に上げられなくなるひともいます。放射線の影響と言うのは半年、1年くらい出ます。」との回答が。

放射線のドクターHにも訊いてみましたが、「放射線治療による筋肉の硬化は個人差があるが起こる。一旦、硬化した筋肉は元に戻らないと思ったほうがいい。首が上がらないくらいカチカチになる人もいるが10人に一人くらい。筋肉の硬化は治療中だけでなく治療終了後半年、1年に渡って出るので、少しでも硬化を防ぐには、まめにストレッチするしかない。」とのことでした。
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(※ストレッチポールで硬くなった胸のストレッチ)

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(※寝ているのではありません。胸のストレッチです)

命にかかわることではないということなのかもしれませんが、元ビルダーのはしくれである私にとっては筋肉は大事なもの。正直な感想を言えば、「もっと早く言ってよ!!」でした。

首から胸にかけての皮膚が赤くなってひりひりして来ました。診療科目に今日から皮膚科が追加されました。水や食べ物の飲み込みがやや不自然になっている気がします。

治療半ばのプロセスとは言え、時間の経過とともに痛いところが増えています。放射線まだ3分の2残っているのに・・・。筋肉が石になってしまいそうです。

しかし、放射線は途中でやめると効果がないって言うし、どうせ何時かは逝く命。命を預けた乗りかけた船。最後までやるしかないと思います。

素人には予測出来ない様々な症状が次々と襲って来ます。正直、元ビルダーとしては心折れまくりです。が、しかし、「命を取り、生まれ変わった体で奇跡を起こす。」と決意したことです。

あと、14回。完走目指します!!
食道炎jにも負けません!食事も完食続けます!!!

入院中の私にtuさんという方から「ホオポノポノ」という有難いメールをいただきました。

★「お辛いときに即、心の平安が訪れる言霊を考えました。イメージとともに何度か心から呟いてみてください。大変なら心のなかで思うだけでも良いとおもいます。」

★「私は、完全にリラックスしています。今、ここだけに存在しています。」
お辛いときほど「今だけ」に集中頂き、時間の幻想から苦しみを産み出さぬようお伝えする次第です。

★「愛しています」、自分を愛しきることが全ての苦しみから逃れる唯一の手段です。


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(※ハワイにて)

「ホオポノポノ」
wikipediaで調べてみると・・・「ハワイに伝わる癒しの方法」のようです。

1 )ホオポノポノ
心の平安に絶大な効果があります。実感していただけると思います。
4つのことばを繰り返すだけです。
★ありがとう
★ごめんなさい
★許して下さい
★愛しています

2) アファメーション=宣言
これは、自分自身に対して成功を宣言すること。叶えたいことや願い事などを、「私はできる」と宣言することだそうです。

≪アファメーションの基本ルール≫
1.過去形、もしくは現在進行形で言う。
2.「私は」と主語をつける。
3.「嬉しい」、「幸せ」などの感情をつける。
4.声に出して唱える。
5.単語は全てポジティブなものにする。

今まで、「愛する」というのは、他の人や動物、植物など自分以外のものを愛することと思っていました。いやいや、そうでもないな。ビルダーは本来ナルシスト。誰よりも自分を愛してるはずですね。でもそれは、絶好調な理想な体を持った自分だったのかもしれません。

生まれ変わったこれからは、
★ありがとう
★ごめんなさい
★許して下さい
★愛しています
を繰り返し言って、ありのままの自分、そして家族、友達を愛したいと思います。

tuさん、素敵なメールをありがとうございました!!

12月に入りここ亀田総合病院のロビーもラウンジも患者さんのためにすっかりクリスマスモードに!!
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昨日、12月2日は母が生きていれば89歳の誕生日。クリスマスモードに変身したラウンジで亡き母に思いを馳せたのでした。命がけの大手術を乗り越えられたのも、3度の窒息寸前から生還できたのもきっと母が「まだ来るのは早い!」と追い返してくれたのでしょう。
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この日は、ラウンジでは、病院のスタッフさんたちによるクリスマスミニコンサートも行われました。
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そして、今夜はスーパームーン!!
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今夜、気管孔に入れて縫い付けてあるチューブの糸3本のうち2本が切れて、残る1本でなんとか抜け落ちず頑張っている状況になりました。ドクターは明日にならないとこないので大きな咳をしないようにしなければ、深夜に咳の勢いでリトルロケットマンのように気管孔から打ち上げられてしまうでしょう。しかし、病気のトラブルというのはどうして診療が終わった夜にやってくるのでしょうね。
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そんななか、ビキニの女王丸ちゃんが鴨川までサプライズ御見舞いにきてくださいました。まさにミラクルドリームな夜でした。今回の2度目の入院は突然の京橋クリニックからの救急搬送だったもので本も日めくりも何も持って来ていなかったのですね。それを察していたのか俳句本と「水木しげる名言日めくり」を持ってきてくださいました。
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明日からは2017年最後の月。Kタワーのラウンジで太平洋を眺めながら俳句を読み、丸ちゃんパワーで放射線を乗り切り、来るべき2018年に備えようと思います。丸ちゃん、パワーを本当にありがとう!!

鎌田編集長にも宜しくお伝えくださいね!!
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※Kタワーにもクリスマスツりーが・・・。

家族や友人たちの応援をみずからの力に変える。でも、実際に病院というステージで戦うのは自分自身。自分の心が折れてしまっては戦いには勝てないと自分に言い聞かせています。

それにはまず不安を振り払って開き直ることが必要!今の自分に一番ぴったりくるのが『最悪でも死ぬだけ』。人間にはやっぱり死への恐怖があってなかなか開き直れないのだと思うからです。これを克服すれば何も恐くないでしょう。最悪を覚悟すればそれ以上のものはないのですから。

そして、次に考えるのは『自分は今何をすべきか?』を自問自答します。私は若い頃から、窮地に陥った時、不安に苛まれた時にはいつも『自分は今何をすべきか?』と自問自答してきました。そして、病気という現状に直面した今再び『自分は今何をすべきか?』を自問自答して紙に書き出しています。そして、あとはそれを淡々と実行するだけです。

今、起こってもないことを心配しても、考えてもどうなるものでもないことを考えても気が滅入るだけ。現状を受け入れ、開き直って、『自分は今何をすべきか?』だけを考えて、あとは出来るだけ今を楽しみ、良いことを考えて、流れに身を任せたいと思っています。なかなか出来ないのですが、それが明るい未来を生きることに繋がると信じて。

でも、人間弱いものです。私もすぐに「弱気」が顔を出します、落ち込んだりします。気合を入れるではないですが、今日、病院で、心のけじめをつけるために、中学以来、半世紀ぶりに頭を丸めました。
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(※丸めた頭でリカンベントバイクを漕ぐ)

気分一新、今日からさらに「最悪でも死ぬだけ!」と開き直って「今、自分が何を出来るか。」を考えて気張ります。

今を楽しむ・・・病院での具体的な楽しみ方ですが、私の場合、ラウンジで広い太平洋をながめ、御来光を拝み、若い看護師さんたちとのコミュニケーションを楽しむことです(笑)。

手術で切断、縫合した筋肉組織は傷が治癒するときに硬化してしまうようです。

手術が終われば「回復は日にち薬」とよく言いますよね。それが、自ら体験してみるとそうは行かないのですね。

日々、痛みが消えていく、傷が治っていくであればいいのですが、時間の経過とともに今までなかった新たな痛み、症状が出てくるのです。いわゆる気管孔狭窄のような合併症、そして、今まで知らなかった傷の治癒とともに起きる組織の硬化もそのひとつです。

私の場合、手術直後から胸にプロテクターを張り付けたような違和感がありました。最初は切って縫ってしているのだからだろう。そのうちなくなるさと思っていました。

やがて、ドクターから、それは、傷の治癒とともに起きる組織の硬化であること、そして、それを改善するには、地道にストレッチしていく必要があることを知りました。

そして、私の場合、ビルダーとしてはショックですが、術後にドクターNの『あなたの大事な大胸筋は気管孔を守るために骨から外して使っているから血流はありますが、筋肉が伸び縮みしないから固くなるのはしかたありません。左の大胸筋は鍛えられるけど右大胸筋は鍛えられない。』という言葉で『命と大胸筋を引き換えた。』と言うことを再認識ました。
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(※もう返らない現役時代の大胸筋。今は命を支えてる・・・。)

命が大切なのは分かりますが、ビルダーとしては、大切な大胸筋を失うのもショックでしたね。

主治医のドクターNは、TVのドクターX「私、失敗しないので」の大門未知子を彷彿とさせるクールで理論的でやはり決め台詞「予定通りです。問題ありません。」を持ったスーパードクターなのですが、そのドクターが『あなたの大事な大胸筋』と認識しくだっさっていたことには安堵したのでした。

今回の手術。正直、「未来を生きるために!!」自分で決めたこととはいえ、想像以上に一進一退。回復の目処がたたない、生きるために痰に翻弄されている毎日に心が折れそうになります。「もう、いいや!」と。

しかし、当初、ドクターKから言われた入院4ヶ月にはまだ半分。ドクターTの言う回復の目処がたつと言う6ヶ月にはまだ4ヶ月あります。つまり、一応のドクターNの手術の完成形を見るにはまだ道半ばということ。

完成形を見るまでは頑張りたいと思います。土曜日は午前はドクターの回診もなく暇で、昼からは放射線治療、放射線診察、CT 、リハビリと多忙でした。

放射線専門医による診察では「食道、喉の副作用は2、3週間目位から出てくるそうです。異変があればすぐに相談してください、痛み止などの薬を出しますから。」とのことでした。「放射線治療が終わってから食べられなくなったり、放射線肺炎になる場合もある。」そうです。僕の場合は首回りのリンパ節、喉への照射が多いから要注意です。今から緑色の不味い薬アルロイド、グルタミン、そして水をしっかりのんどきます。

そんな中、娘が御見舞いに来てくれました。顔を見せてくれるだけでも嬉しいですね!!

病院のラウンジで会う顔もどんどん変わり、さっき運動のために歩こうと病室を出たら両隣の部屋が退院して空き部屋に!!今や「Kタワーの主」になりつつあります。
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こうなったらしぶとく居すわって「一番元気なKタワーの主」になってやろう。家族と家で新年を迎えることが出来ないのは残念だけれど、亀田総合病院のKタワーの病室、ラウンジは御来光を拝むには最高の場所です!

「新年の御来光もKタワーのラウンジで見てやる!!」そう開き直ったのでした。

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私を窒息寸前に追い込み、三途の川を三度も見せてくれた気管孔は、私の場合、前例が少ないためドクターも試行錯誤。あまりにも早い孔の狭窄はドクターも想定外だったようで問題解決には時間がかかりそうです。
ピアスを抜くと穴がふさがっていくのと同じ原理なのでしょう。大胸筋が自らに開いた穴を治そうとしていくようです。俺の大胸筋!!そんなことをしたら酸素が取れなくなり、君も死ぬのだよ!!分かっているのか?

一方、平行して放射線治療が本格的に始まりました。私の患っている腺様嚢胞癌は放射線も効かないのだけれど、スーパードクターにより完全切除された断端部に残った根の根絶には効果があると言うのです。ただでさえ、再発しやすく、転移しやすい癌です。可能性の根を摘み取るためにドクターを信じてやることにしました。

放射線といえば、気になるのが、そのリスクと合併症です。まず、起こるのが照射部の皮膚炎(火傷)。そして、私の場合、喉から胸と照射範囲が広いため食道炎のリスクが高いようです。放射線専門医によると軽いものから食べることが出来なくなる重いものまで含めると90%の患者に起こるそうです。食べられなくなると2週間ほど放治が休止となり治療期間が延びます。主治医のドクターNから「緑色の不味い粘膜を守る薬(アルロイド)を出しておきますから。」ということで飲み始めました。加えて薬剤師さんに確認をとってグルタミン、アルギニン、ビタミンC、総合ビタミン、ブロリコ、umoも始めてみます。
これで、食べることが出来なくなると生きてる楽しみないし・・・。
あと、治療後には、放射線肺炎が起こるリスクもあるようです。

しかし、起こってもいない先のことを考えても仕方ありません。「今、自分は何をするべきか?」を考えました。

その結論です。

日々かわる症状、一進一退の状況は、完成形が見えないからきついですね。「一体どうなるんだろうか?」と。

そこで考えました。

今元気でいる人も来年はわからないし、明日さえわからない。それに10年、20年、30年すれば相当数逝ってるわけです。10年ってたった3650日、30年でも10000日ちょっとなんですよ。少し早いか遅いだけなんですね。親友ままりんが言ってた『最悪死ぬだけ』と言う言葉は開き直るのに一番的を得ています。胆に命じてその日まで前を向いて生きます!

具体的に今やることは、まずアルロイド飲みます。グルタミン、アルギニン、ビタミンC、総合ビタ、ミン、ブロリコ、umoで追い討ちをかけます。単純発想ですが、火傷は冷やすに限る!!ローソンで買い込んだ水も盛んに飲みます。

ピンチを数々切り抜けてきたけど、安息の地はいまだなし。なるようにしかならない。気持ちは開き直ってケセラセラです。

昨日、すっかり落ちた体力を少しでも取り戻そうと廊下を歩いていたら息苦しくなり気分が悪くなったのですが、三途の川みてきたし死んでもかまわん!それ以上はない!と思って歩きました。そして、大量に買い込んだペットボトルを使ってのカールを100回やりました。

リハビリストレッチとリハビリ筋トレも再開です!!!
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ご無沙汰です。生きています。

BLOGを読んでくだる皆さんは、私が一時退院で再入院に向けて家庭で英気を養っていると思われているかもしれません。しかし、事実は・・・BLOG更新どころではなかったのです。
 
この嵐のような、ドラマのような三途の川を3度見て、救急車に3度乗ってきた恐怖の10日間をザックりと振りかえってみたいと思います。


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2017年11月12日(日)待ちに待った一時退院の日。
◎午前6時、2ヶ月にわたる第一期入院最後の御来光を見る。「美しい!」
◎午前9時、退院にあたり気になることを担当医ドクターTに確認。「これで安心して帰れるぞ!」
①首の付け根から胸の腫れとツッパリ感が今週は強い、加えて腕の痺れ、体のだるさ、腹の膨満感について。
⇒手術による傷が癒える過程で筋肉、組織が硬くなってくるため。⇒対策としてはストレッチで筋肉をやわらかくする。「よし!これは得意分野!!!家に帰ったらストレッチしよう!!」
⇒腕の痺れは、硬くなった大胸筋が鎖骨下を走る神経を圧迫していることが原因と思われる。⇒対策としてストレッチ。
。「よし!これも得意分野!!!家に帰ったらストレッチしよう!!」
※血液検査の結果、甲状腺ではない模様。カルシウムも足りている。
②退院時の薬確認
③ネブライザー確認
家庭用ネブライザー購入した。(加湿が目的)
④術後よりもここ数日のほうが、リハビリでも疲れを感じ、以前は、歩くことは苦にならなかったが今が息が上がる。
⇒入院、手術から2ヶ月も経過すると、病院内では実生活と比べると運動量が少なく、筋肉がかなり落ちてくる。それを肺機能と心臓で補っているから。
⇒運動をして筋肉をつけるしかない。「よし!家に帰ったらトレしよう!!」
⑤気管孔の回復は順調と思う。「これで安心!!」

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◎午前11時退院。妻と安房鴨川駅よりわかしお号で東京まで。その後、有楽町線で帰宅。
途中、わかしお号車中で2回痰取り作業実施。有楽町線では止む無く東池袋で途中下車して駅のホームで痰取り。「これから一生痰取りに振り回されるのでしょうか?ツライなあ。」

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◎帰宅後、家庭用ネブライザーで加湿するも気管孔周辺に痰が付着して息苦しい。深夜まで痰と格闘して入り口付近を中心に掃除。自宅では環境が戻って眠れると思ったのは大きな間違いだった。


 
2017年11月13日(月)(一時帰宅1日目)
(★救急車 Part1)
◎朝から息苦しさがある。ドクターはこれ以上小さくはならないだろうと言った気管孔が1日で小さくなっている気がする。「やばいよ!」
◎帰宅後は、近所、駅前を散策して筋トレをして駅前のラーメンを食べに行く予定だったのだが、息苦しく断念。「明日からやろう!!」と意気込む。
◎夜、9時、シャワーを浴び、髪をすすいでいると気管孔に水が流れ込んだのか突然激しく咳き込み、慌てて風呂を出る。その後、呼吸が激しく苦しい状態が1時間近く続く。娘が帰宅。救急車を呼ぶ。そのまま、呼吸器内科のある埼玉病院へ。
 
(国立病院機構埼玉病院)H医師
・採血・・・問題無し。
・CT・・・問題無し。
亀田総合病院の画像と撮影画像を比較。⇒肺に空気が入らなくなると画像に白く映るが問題なし。
CK(筋肉に含まれる酵素)少し低いだけで問題無し。
Dダイマー(息苦しい時の可能性)、肺血栓・・・問題無し。
シャワーでの水・・・画像にも映ってないし、入ったとしても少量。
血中酸素 97%・・・酸素はいきわたっている。90%以上問題ない。
 
気管孔・・・亀田総合病院に相談してほしい。現時点で緊急の処置をする状況ではない。
深夜にタクシーで帰宅。

 
 
2017年11月14日(火)(一時帰宅2日目)
(★三途の川を見た Part 1)
◎この日も朝から起きると座っていても息苦しさがある。
◎予定では、買い物に出て、ラーメン銀次郎を食べる予定。トレーニングもストレッチ、バイク、ヒンズースクワットの予定だったが、その気にならず、家内と駅までの往復のみを試みる。それでも帰宅後、息があがりなかなか平常に戻らずしんどい。
◎夜、7時ごろ、突然、痰があがる感覚がきて、鏡の前に走る。痰で気管孔が詰まって息ができない。ピンセットで取ろうと試みるが、穴が完全に詰まって息が出来ない。必死で咳をしてして痰を出す。気管孔入り口で詰まっている痰を必死でピンセットで除去する。二度目に気管孔の穴より10mmを超える大きな血の混じった大きな痰が飛び出した。
死ぬかと思った。
一時帰宅後も、一難去って、また一難だ。


 
2017年11月15日(水)(一時帰宅3日目)
◎昨夜、気管の奥に潜んでいたと思われる大きな痰の塊が出たので、まだ、何かが居る感じはあるものの、昨日までより空気の流れは良い感じ。
昨日より良い1日であってほしいものだ。
 
◎朝起床後と昼前に加湿のためネブラーザーを各20分。
午後より頻繁に痰が出だす。午後3時ごろ、買い物と運動を兼ねて家内と家を出るが、出かけてすぐに痰が出てきたため慌てて帰宅、痰を取る。
 
◎午後4時20分。気管孔の呼吸音がボーボーと大きくなり息苦しいが、目で確認できる範囲には痰は見えない。こういうのがやっかい!!
出てくればいいのだが・・・。
 
※12日(日)の一時退院以来、痰が原因と思われるアクシデントが続き不安である。
※17日(金)午後の亀田京橋クリニックのドクターN、ドクターKによる外来まで、大事が無ければいいのだが・・・。
 
午後5時30分
気管孔のボーボー感は治まらず、息苦しさが増したためネブライザー20分かける。痰の塊5mm程度が2個出るが、音は治まらず。奥にエイリアンが潜んでいる。
 
午後6時55分
ボーボー音が5時30分のネブライザー以降も続いて、息苦しさを感じるため、再度、ネブライザーを試みるが、空気が胸に溜まるような息苦しさで3分で中止。
 
※ネブライザーが使えないとなると打つ手がないので、やばい!!
 
※万が一の場合に備え、念のため、家内に亀田総合病院ドクターTへTELしてもらう。
⇒(緊急対応)地元病院の緊急外来で酸素確認、肺炎を起こしていないか確認、ネブライザーも病院仕様のものがある。
 
※結局、何が出来るか自身で考える。
⇒①深呼吸して安静にして様子をみる。
⇒②夕方のネブライザーから5時間経過しているので再度トライする。
 
②ネブライザーに深呼吸しながら20分再トライ。⇒痰はでて、やや改善するがボーボー音は収まらず。

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2017年11月16日(木)(一時帰宅4日目)
(★救急車 Part2 & ★三途の川を見た Part2)
午前6時起床 体温36.8度
午前6時17分 ネブライザー(1回目)痰は出るが、ボーボー音はおさまらず。
食事中も息苦しくて食欲がない。
 
※今日は親友里君が来る日。体調の良い時間とかが読めないので、自宅まで来てもらうことに。
 
それに合わせネブライザーをかける。(午前9時55分) 
 
午前10時 ネブライザー(20分)
 
◎里さん、来る。(午前10時20分~午後2時)息苦しい中でも楽しいひと時を過ごす。
 
午後2時55分 ネブライザー(20分)・・・あまり痰は出ず、すっきりしない。
 
午後5時・・・気分転換に近所を歩く。
 
◎午後6時ごろ・・・帰宅後、2度目の救急搬送!!息苦しく体温を測ると37.4度の微熱(通常36度前後)。しばらく横になる。安静にするも呼吸が荒くなり息苦しい。15日(水)、鴨川のドクターTからいただいたアドバイスを思いだし、大事をとって救急車を呼ぶ。
 
午後7時
国立病院機構埼玉病院で検査(呼吸器内科 O医師)
・そけい部より動脈採血・・・特に動脈酸素もその他問題無し。
・胸部レントゲン・・・右肺上部に少し白い影が認められるが平常時との比較ができないが、特に緊急の問題無しと診断。
・レントゲン、動脈採血の結果(埼玉病院資料あり)をいただき午後11時帰宅。
 
◎帰宅後、2度目の三途の川を見る!!タクシーで帰宅後午後11時過ぎ、痰が上がってきたが、大きく気管孔で詰まった状態で息ができない。火曜日に引き続き必死で咳をして入り口で詰まる痰をピンセットを突っ込んで何とか除去する。

まだ、残っている感があり呼吸が苦しいので、ネブライザー10分間。再び痰をとる。呼吸は、だいぶましにはなったが、まだ奥には残っている感じ。痰を必死で出して、咳をたくさんしたため胸が痛い。


 
2017年11月17日(金)(一時帰宅5日目・緊急再入院)

午前6時起床 体温36.6度
 
◎起床後、すぐにネブライザーをかけるも痰はほとんど出ず、息苦しさが続いている。午後2時より亀田京橋クリニックでのドクターN、ドクターKの外来のため京橋まで無事行けるかすら不安。胸も痛いし疲労困憊。
 
◎気管孔が小さくなっている気がする(小さい麺棒の頭くらい)。
だから、奥の目で見えないところに潜んでいる痰が急に飛び出してきたとき入り口で詰まって窒息状態になる。
これでは、外出もできませんし、自宅でいてもいつ来るかと不安です。
 
◎(午後2時)亀田京橋クリニックにドクターN、ドクターKの外来のため電車で何とかたどり着くもクリニックに着くや否や息苦しくなりK、N両ドクターから緊急処置を受ける。気管孔の急激な狭窄で緊急事態だった!麻酔もなく気管孔を物理的に広げチューブを挿入、気管孔周囲の皮膚を縫いチューブを縫い付ける荒療治に。たまらん痛み!!。そし救急車で亀田総合病院鴨川に搬送され、ICUに。しばらく集中治療室で治療に。ドクターKによれば『間にあって良かった。ギリギリでしたね。』『あなたは回復力が強くて急速に体が傷を治そうとするんだろうね。』とも。主治医ドクターNは『なんでこんなに急速に小さくなったんだ。』と。
 
2017年11月18日(土) ICUからHCUに移る。
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2017年11月19日(日) Kタワー717に移る。気管孔の孔については金曜に京橋クリニックで緊急挿入したチューブで様子を見て私の気管孔に合うチューブを試行錯誤して今後の対応をするようです。放射線は21日から並行して進めるようです。亀田総合病院の医師を信じて命を託すしかないですね。まだ、広げて縫った傷が疼きます。
 
2017年11月21日(火)
放射線治療の専門医からの治療法、合併症などの説明、放射線をあてるためのマスク作り、マーキングが行われました。その後、ドクターNによるより太く柔らかい新しいチューブへの交換が行われました。京橋クリニックの時のようにチューブを気管孔の肉に縫い付けられるのかとビビりましたが、テープでの固定だったので一安心!しかし、そのわずか1時間後に咳きをしたとたんチューブが気管孔から飛び出しドクターにSOS !
駆けつけてくれたドクターTに見事に縫い付けられてしまいました。麻酔をしてくれたけどイタイ!そして看護師さんによる抗生剤の注射、点滴!血と痛みと注射、放射線が大嫌いな私にはストレスフルな1日でした。気管孔が心音に合わせてズキズキ疼きます。
 
そして、今日。先週からの嵐のような、ドラマのような1週間で疲労困憊、自宅で体力をつけるどころかスッカリ消耗しちゃいました。放射線治療も始まりました。初放射線の感想は。。。日焼けの後のように体が火照った感じでだるいかな。
 
乗りかけた船。もう、こうなればとことん現代医学と自分の生命力を信じて日々を生きるしかありません。
それにしても、手術も出来る「ギリギリ」の線と言われ、今回の窒息騒動も「ギリギリ」と言われ・・・まさに「ギリギリの男」です!!
俺って、運があるのか、無いのか!?
どんな運命を背負ってるのだろうか。
 

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