BIG TOEの「未来を生きるために!!」

健康を自負していたボディビルダーに突然降って沸いた「ステージ4」の癌宣告。それも効く抗がん剤もない、放射線も効かない稀少癌、しかも、気管内と言う悪条件で生き残る可能性は成功しても大きな後遺症が避けられない命を賭けた大手術のみ。 そんな現実に直面して思う人生あれこれ。家族のこと、友達のこと、仕事のこと、趣味のこと、生きる意味、人の優しさ、真っ当な生き方について語ります。

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生まれて初めての、それも命を懸けた大手術。

当然のことながらICUなどに入るのも初めてでした。

意識が戻ったときに、周囲に妻、娘、息子、maman、ハーパーさんを確認しました。でも、体はおろか喉も全摘出しているので首を動かすこともできません。自由になるのは近眼+老眼なのにメガネをかけていない目だけです。

鼻の穴からチューブが出ているのを確認しました、チューブが入った右の鼻の穴側の顔の感覚が痺れている感じです。両腕には手術中につけられた点滴などのチューブが数本つながっているようです。背中には硬膜外麻酔のチューブ、両胸からは廃液排出用のドレンチューブ、おちんちんにも排尿用のチューブ、そして、お尻はといえばどうやらオムツをされているようです。

意識が戻って間もなく、背中、腰、尻に痛みが襲ってきます。

何とか体の位置を変えたい、体勢を変えたい。でも、動くのは足だけ。当然、眠れない。眠るどころではない。背中が痛くて。尻が痛くて。たまらずナースコールを押す。ナースが来るが、手は動かせない、声帯をとっているので声は出ない。訴えたいことが伝わらない。もう、泣きそうです。やっと大体の希望が伝えられ、看護師さんが二人がかりで「せいの~よいしょ!!」とばかりに体を動かして体勢を変えてくれます。ありがたい。でも、しっくりこない。今度はこっちが痛い。あっちが痛い。ナースを呼ぼうと思うと手からナースコールが離れてどこにあるのかわからない。何とか訴えようと動かせる足をあげて振ってみるが誰も気がつかないようだ。

急に周囲があわただしくなった。ドクターか看護師さんかわからないがベッドの周りをあわただしく動いているのがわかる。「何が起きているのだろう?」そう考えていると潮が引くようにベッドの周囲から誰もいなくなった。少なくとも眼しか動かせない自分にはそう見えた。

襲ってくる不安感。「身動きが出来ない状態で誰もいないのがこんなに不安なのか?」と思った。

手術が終わった午後5時からその繰り返しで一夜を明かす。時々、目を開けるが、焦点が合わない、天井が目の前に見えたり、遠くのものが近くにあるように見えたりで遠近感もわからない二重に見える。

そうこうしている間に長い夜が明けたようだ。

看護師さんが体を拭いてくれだした。尻の下にシートのようなものが敷かれたようだ。お下の洗浄のようだ。生まれて初めての経験で「あのう。自分でやります。」と言いたいところだが、体が動かせないのだから身を任せるしかない。開き直った。

おしめをつけられたようだ。赤ちゃんの時はともかく・・・。ええ、おっさんが・・・。
まあ、いいか。どうしようもない。

またまた、そうこうしているうちに、突然お声がかかった「はい。体を起こしますよ。立ち上がってください。」「エエ~ッツ!!冗談はやめてよ!!」壁の時計を見ると午前10時!!手術から15時間くらい?」ベッドサイドに立ち上がらせられた。「では、歩行器を持って歩いてください!!」
結局、部屋を出てICUフロアを1周させられた。

最近は、合併症の予防、血栓予防、回復を早めるために早い時期に歩かされるとは聞いたことがあるが、盲腸の手術したのとは分けが違う。さすがに驚きでした!!びっくらこいだ!!その後、3時間ほどでICUを無事?卒業!!HCUに移されました。

新生、賢人誕生の日の出来事でした。

PS:幸い、生まれ変わる前に、本社の山本さんから聞いていた「麻酔から覚めたとたんにチューブが入れられたおちんちんに激痛が!!外してくれ~!!と叫んだ!!」幸いそれは、多少の違和感を感じるだけで済みました。ああ、良かった!!
 

主治医ドクターNと退院日の相談をしました。

10月17日(火)ドクターNの気管内視鏡検査・10月25日(水)ドクターKの喉の最終診察、人工喉頭の入荷待ち、ネブライザーの購入、その他証明書類の準備等もあるので、10月28日(土)か29日(日)あたりに一旦退院が濃厚です。

痛み、体調の浮き沈み、機能回復道半ばと不安要素は山積みですが、いつまでも入院しているわけにも行きません。

骨を切除し、大胸筋を切り取って縫いあわせた胸の痛み、圧迫感、ツッパリ感、可動域の狭さ、気管孔の赤み、ヒリヒリ感が気になりますが、ドクターNいわく「これは、まだまだ時間がかかりますよ。

下手をすりゃ命を落とす大手術だったんだから、うまくいって良かった。」とのこと。
生きてるだけで丸儲け!!生きていることに感謝しなさいということですね!!
 
これから冬に向かい空気が乾燥します。
気管孔にへばりついた痰もすぐに固まり取りにくくなります。ドクターN曰く、「ネブライザーの購入はもちろんですが、水道水でいいから綿棒を濡らしてふやかしてから取るのもいいですよ。」と言って、綿棒を濡らして気管孔の穴をクリクリして気管孔を掃除してくださいました。綿棒は出血で赤くなってましたが外科の先生と言うのは、血は見慣れているから何とも思わないのでしょうね。私などビビリだから「あっ!!血が出てきてる!!大丈夫かいな?」と不安になるのですが。「はい!いいですよ!!」と言って病室を出て行かれました。

 何といっても「腺様嚢胞癌」というのは、抗がん剤が効かない、放射線も効かないだけでなく、根深く、しつこく、再発、転移しやすい癌です。

「手術の断端部の細胞検査の結果と、再入院での断端部への放射線治療の有無は?」これも気になるところです。

Nドクター曰く、「まだ、結果が出ていません。私も待っているところです。恐らく、放射線治療はやることになると思いますが、京橋で2~3回診てからになるでしょう。」とのこと。

下手すれば命を落とす大手術は成功したものの、まだまだ、道半ば。戦いはこれからなのだと気を引き締めています。

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賢人です。

今日は、土曜日なのでドクターの回診はなく、トレッドミル10度30分、肩と胸の可動範囲を広げるリハビリ、廊下を黙々と歩く自主リハでした。

眠れていない割りに好調なのが不思議です。

そして、今日も遠方から従兄弟の裕泰くん夫妻とジョイフルタイム西八王子の山崎店長がお見舞いに来てくださいました。ありがとうね!!

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ここ鴨川も今週末は雨模様ですが、心は日本晴れです!!

それに昨日くらいから、昼間に欠伸が出ています。
そろそろ、眠れない病にも限界が来ているのかな!?

何事もタイミングというのは大切ですが、数少ない睡魔のタイミングで起こされるのには閉口しますね。せっかく来た眠気が一気に覚めます。でも、そろそろ、眠れそうな予感が!!

手術以来、娑婆の空気を吸っていない賢人です。

眠りのない世界にいる間に、世間では急に寒くなっているようですね。

コンテストシーズンに突入のタイミングで「腺様嚢胞癌」が気管内に不法侵入した「気管癌ステージ4」が発覚!!

無念ですが、鎌田編集長の計らいで月刊ボディビルの今シーズンの取材をすべてキャンセル。仕事は平田社長のご理解で休職を認めていただきました。
 
セカンドオピニオン、サードオピニオンと紆余曲折を経て、亀田総合病院での手術を決意!!気がつけば季節は秋深し隣は何をする人ぞ。
 
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そんな、今日、チームBIGTOEの役者さん、上素矢輝十郎さんが奥様とお見舞いに来てくださいました。
 
奥様とは、今日初めてお会いしたのですが、何故か以前から知っているようでした。不思議です。
 
そんな上素矢さんが、お見舞いに持ってきてくださったのがこれ!!

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赤塚不二夫の「人生これでいいのだ!!」
 
と、
 
西原理恵子さんの「ダーリンは70歳」


俳優、上素矢輝十郎さんならではのチョイスです!!ナイスです!!
 
夜、眠れるに越したことはないのですが、これで、眠れない夜も怖くない!!
 
上素矢輝十郎さん、ほんまにほんまにありがとうございます。
 
今、僕の心は春です!!

手術から1ヶ月。

今だ、ろくに眠れないのは辛いが、生きているし、体調も悪くない。

傷は順調に回復しているとドクターは言うが、骨を切除し、縫い合わせた上体は依然として思うように動かない。自分の体ではないような感覚と痛みが続いている。気管孔の傷が癒えるにはあと1ヶ月ほどを要するようだ。

退院も視野に入ってきたが、「本当に今の状態で退院していいのだろうか?」という不安が付きまとうこの頃です。日常生活に不安がないようにリハビリをしっかり時間をかけたいところです。
 
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「般若心経絵本」。

先日、カネゴんさんが、御見舞いに持ってきてくださった本です。
 
「この世界のものごとはすべて海の上に立つ波のようなもの、実体のあるものは何ひとつない。あるのはただひとつ、ハンニャハラミツの大海だけ。」

う~ん、シンプルで分かりやすくて深いけど、今まで信仰心の薄かった私には良くわからない。

絵本なのですぐに読める。何度も読み返してみようと思います。

肉体の筋肉は加齢、病気とともに衰えていきます。これからは「肉体の筋トレ」だけでなく「心の筋トレ」も追求したいと思います。 

昨日は、も少し眠れるだろうと思っていたのですが、意に反して眠くならない。再び長い夜を過ごして朝を迎えました。今日は、日中こそ晴天だったのですが、早朝は空は雲に覆われ御来光を拝めませんでした。
 
晴れる日もあれば、曇る日もある、雨の日もあります。眠れる日もあれば、眠れない日もある。でも、明けない夜はない。ケセラセラです。
 
今日は、ドクターKから薦められて、声を失った今後の人生で役に立ちそうな人工電気喉頭を病院の1階にあるショップに申し込みに行きました。

喉頭癌や私のように甲状腺、喉頭部を全摘出、気管切開などにより、声を失った人の発声を補助する器具です。機械の出す振動音を口と舌を動かすことで話し声に変えるのです。抑揚のないいわゆるロボットボイスですが、コミュニケーションに一役買いそうなので購入することにしました。

病気等で声を失った人が再び声を取り戻すには、

①歌手のつんくさんが取り組んでいる食道発声法。これは自然な声が出せるようになるそうなのですが、訓練施設が限られ、習得に年数を要するそうです。

②プロボックス。気管孔に手術で弁のようなものを取り付けます。手入れも必要だそうです。

③そして、一番、習得が比較的早く、手術を要しない人工電気喉頭です。デメリットは機械を喉に押し当てるため片手がふさがり声がロボットボイスになることです。

まず、一番、習得が早いという人工電気喉頭を試すことにしました。

筆談だけでなく当面は電気喉頭との二刀流でやってみます。少し光が見えてきました。
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そして、今日は、術後初めてシャワーを浴びました。
大きな手術痕と命の綱である気管孔に気使いながら。

胸まわりだけ看護師さんに拭いてもらい、先ず、椅子に座って気管孔にお湯が入らないようにベントオーバーの姿勢、前傾姿勢で頭を洗い、拭いてから、腕の付け根までをやはりベントオーバーの姿勢で洗い、流す。次にたすきがけの要領でタオルで背中を洗い、胸をタオルで押さえながら立位でボディソープを流し、最後に腹から下の下半身を洗いました。

一ヶ月ぶりのシャワー。さっぱりしました。
 
また、小さな前進です!!

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16時間に及ぶだろう、手術、合併症で亡くなる可能性も結構な率で高い、成功しても大きな障害が残ると言われていた手術に「これが家族、友人とのお別れかもしれない。」と覚悟を決めて手術室に踏み込んだ12日から28日、4週間が経過しました。

幸いにも、癌が食道には浸潤しておらず、腹を切って小腸を取り出して食道に移植という事態を免れたため、手術の時間は8時間に短縮されました。それでも、喉の全摘出、気管摘出、気管孔構築という大手術であることに違いはありません。

今後の退院の予定も見えてきましたが、胸の痛みは当面は続くでしょうし、合併症の危険性もまだ残っています。

それでも、昨夜は術後初めて4時間眠りました、

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そして、今日は、強い味方がお見舞いに来てくださいました。全日本プロレスのゼウスです。

筆談、練習中の電気喉頭を使っての手術の話、プロレスの話、ボディビルの話、そして、精神世界の話、仏教の話までに話題は及びました。

ゼウスが試合前に祈ることは知っていましたが、永く朝夕、読経を欠かさず家族の友人の幸せを祈っているそうです。私の病気全快も祈ってくださっているそうです。
 
「私も父親の死後、それをしていたのだけれど、癌になったよ。」と言うと、「おそらくその癌はずいぶん前から出来ていて読経のお陰で食道への浸潤もなく8時間で済んだんですよ。」と。

そうかもしれませんね。二人のスーパードクターに巡り会えたのも、癌が食道に浸潤していなかったことも、精密な癌細胞の遺残検査の結果はまだ出ていないものの、ほぼ完全切除できたと言うのも奇跡なのかもしれません。

我々には、まだまだやることがたくさん残っていること、これからも生かされた命で10年、20年と共に生きていくことを話しました。

良い1日でした。
ゼウス、本当にありがとう!!

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今日は体育の日です。

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ここ、鴨川は良いお天気です御来光も拝めました。

海では、大勢のサーファーがサーフィンに興じています。

東京メルパルクでは、JBBFの2017年の総決算とも言える「日本ボディビル選手権大会」が開催されています。本来なら私もプレスの一人として取材席に陣取っていたはずですが、今年は病院のベッドに張り付いています。
 
今年は、東京選手権を制した横川選手、ジャパンオープンを制した木村選手を始めとした新勢力の台頭が期待され入賞者の顔ぶれが大きく変わることが予想されます。その現場に居られないのは残念です!!
 
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近況報告です。
 
土曜日にTeam BigToe の佐竹くんご夫妻、カネゴンさんご夫妻が遠路はるばる千葉県鴨川までお見舞いに来てくださいました。
 
そのタイミングで、また縫ったドレンのところから溜まってた血がどばっとでてきました。二度目なので一度目のようにびびりませんでしたが、ドクターが不在のため看護師さんに取り合えず脱脂綿とテープで応急処置していただきました。

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昨日は、埼玉県嵐山からBIG FIVEの杉田さんが御一家でお見舞いに来てくださいました。ありがたいことです。
 
相変わらず続く手術を受けた胸、特に右胸のプロテクタを張り付けたような違和感と痛みが続いています。眠れません。
 
こんな大きな手術を受けているのですから、感覚が戻り動かせるようになるにはそれなりの時間がかかるのでしょう。
 
そして、昨夜は再び「眠れない病」が発症して、遂に二度目の徹夜。秋の夜長。時間たっぷりなので、いつものように病院の廊下を2kmほど歩いたあと、ストレッチ、カーフレイズをして、術後初めてブログの書き込みにRES しました。明け方には痰かからむのでひとりで鏡を見ながら綿棒大小と初めてピンセットを使って痰処理実施。距離感、方向をつかめず悪戦苦闘。
 
そして、昨夜も眠れずで 二夜連続眠れず。でも、元気です。
 
 もう、成るようにしかならないと思います。今日は回診、リハビリ、見舞い予定ないから日中睡魔が来たら5分でも寝ます。娘は昨日帰り、入れ代わりで家内が来ています。
 
 深夜に二人で痰とりに半時間格闘しましたが上手く取れず、看護師さんにSOS!!ネブライザーを20分かけてから綿棒とピンセットでとってもらいました。疲れはてましたか、やっぱり眠れない!
 
 こんな感じで、体調には波が大きいです。
 
でも、気管孔の回復はドクターからすれば順調のようで、先程のお話では、21日(土)か22日(日)あたりに一時退院のようです。その後は、銀座一丁目の亀田京橋クリックに通院しながら自宅療養。その後、放射線治療で再入院があるかもしれません。
 
術後、27日目、賢人の近況報告でした!!
 
ミスター日本の優勝は、鈴木 雅選手で動かないでしょう!!

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おはようございます!!

賢人です!!

重たい話が多いので・・・。

昔「大きいことはいいことだ♪♪」というCMが流行ったことがありましたが、果たしてそうなのでしょうか?
 
私は、元ボディビルダーなのですが、でかい体と言うのは元気なときはともかく病気になったり、手術でもして動けなくなったらどうなのか?
 
私の場合、確かに並みのお爺ちゃんよりは体力はあるでしょう。術後の回復は早いかもしれません、HCUの看護師のお兄さんは「見た目で40代かと思いました。実年齢より20歳近く若く見られるでしょう。」と嬉しいお世辞を言ってくださいました。
 
確かに普段から鍛えているから、体力があるのでICUで術後の回復は並みの人より早いでしょう。
 
しかし、困ったのは、事あるごとに血圧を測るのですが、たまたまICUにサイズが小さいものしかなかったのか、圧を加えるとバリバリという音とともに加圧帯がめくれて計れない。脚用を持ってきてもエラー表示でなんと1回計測するのに9回も加圧されました。術後間もなくチューブだらけの体にとっては「もう、止めてよ。」と言いたくなりますね(笑)。
 
そして今の一般病室にはLサイズの血圧計が私専用で置かれています。癌と診断されて以来、ベジタリアン食に変えて体重は5kg減、トレーニングも6月20日からろくにやってないので腕も小さくなっているのにね。これが、ゼウスや山本義徳さん、山岸プロなんかだったらどうなるんでしょう??ゴリラ用、象用でも持ってくるのでしょうか?
 
ICUでは、私ですら体の位置を直すのに、看護師さんが二人がかりで気合を入れて、「1、2、の3」ってやっているのに、ゼウスや山本義徳さん、山岸プロなんかだったらリフトでも持ってくるのでしょうか?
 
体がでかいのは、元気なときはいいけれど、病気や怪我、手術で動けなくなった時は本人にとっても体重=負荷ですし、介護する方も大変ですよね。
 
小錦さん、曙さんなどならいったいどうなるのでしょうね。
 
ドクターからは、実際、手術するのにレスラーやボディビルダーのように筋肉が付きすぎていたり、お相撲さんのように脂肪層が厚いと大変だという話をうかがいました。
 
お相撲さんなどは点滴1本つなぐにしても血管を探すのが大変そうだあ!!
 
どうやらでかいということは、いいことばかりではないようです。
 
 ★PS:
昨夜も寝付かれず、いつものように病室でストレッチ、カーフレイズをしたり、廊下を歩いたり、読経をしたりしたのですが、3時半には眠りにつけました。起床は手術以来初めて日の出より後でした。

「ゲップ」も術後は自分の意思とは関係なく出るのは別として、意識的に出来ないのかと思っていましたが、昨夜の眠れない原因のひとつに「ゲップ」がたまっている様な妙な感覚があったので深夜の病室で、お腹を押してみたり、アブドミナルバキュームをやってみたり、伸びをしたりして、試行錯誤していたのですが、空飲み込みの動作をすることで「ゲップ」が出せることを発見しました。

めでたし!めでたし!小さな前進です!!
 

内容が一部昨日と重複していますがお許しを!! 

昨日から自分自身の変わってしまった肉体に向き合い観察し、理解し、写真を撮り、客観的に向き合い、現実を受け止めることを始めました。(北斗晶さんが手術痕を見たときの気持ちが良くわかりました。)
 
術後、約3週間。それまでは、体が思うように動かない、痛い、声が出ないので意思疎通ができない、眠れないと言った苦しさが主でしたが、ここに来てようやく現実に向き合い、現実を受け入れようという心の余裕が出てきたのかもしれません。
 
と同時に頭では術前に理解して決めたはずなのに、未だこの現実を受け入れきれていない自分を発見したのです。
 
昼夜を問わず眠くならない、眠れないのはそのためでしょう。
 
今までなら一日、二日徹夜したら翌日には睡魔に襲われ意識朦朧、睡魔に襲われるのが常だったのに、術後は3週間経過しても全く眠くならないのですから。人間、眠らなくても大丈夫なんだ、それとも睡眠中枢が壊れているのかと思ったほどです。

夜明け近くに、まどろむ中で、これは現実なのか、夢なのか、今までが現実で今は夢ではないのか。逆に今が現実で今までは夢だったのではないのかわからない夢を見ました。
 
今は、今が現実だとはっきり認識しています。それは今まで恐くて避けていた自分と鏡を通して向き合うことでそれがはっきりしました。
 
明け方に術後、最長の3時間眠りました。
 
そして、今日は、入院時に持ってきていた南沙織のDVDを聞き青春時代にタイムスリップして、スタローンのクリードを鑑賞する気分になってきています。
 
また、一歩前進です!!
 
そう、信じます。
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